12歳くらいの頃、私は親友であるキューバ系米国人の家庭のタイル張りのキッチンに裸足で立ち、カフェシート(キューバの伝統的なエスプレッソコーヒー)の儀式を目の当たりにしていた。コンロでパチパチと音を立てるプランテン(調理用バナナ)のフライの香りが、クミンを効かせたご飯と黒インゲン豆の湯気立つ皿の香りと交じり合う。デザートには、シロップに浸した冷たいパパイヤを食べる予定だ。だがその前に、直火式マキネッタで淹れた本物のカフェ・クバーノ(キューバ式コーヒー)を一口すする。最初のエスプレッソの数滴をカップの中で砂糖と激しく混ぜ合わせ、泡状の濃厚なエスプミータを作り、そこに残りのコーヒーを注ぐと、キャラメルブラウンの泡が表面に浮かび上がってくる。それは強烈に濃く、そして甘い。フィデル・カストロから逃れ、新たな生活を築いた人々の手によって作られたものだ。これは単なるカフェインの摂取ではない。この儀式に参加することは、その家族に受け入れられることを意味していた。
こうして私は、その言葉すら知らないうちにコーヒーの「ピュリスト(純粋主義者)」となり、トルコのイスタンブールからニューヨークのブッシュウィックに至るまで、世界中でコーヒーを淹れる儀式を見出し、楽しむ旅を続けてきた。その最高峰ともなれば、1杯60ドル(約9400円)に達することもある。これほどまでに美しくシンプルなものが、なぜこれほど高価になり得るのか、その理由を突き止めたいと思った。
ブルックリンの9000円超えのハンドドリップ
好奇心に駆られて私が向かったのは、ブッシュウィックにあるSey Coffee(セイ・コーヒー)だ。明るくミニマルなインダストリアル調の空間で、客たちが陶器製のカップに身をかがめ、メロンやライム、ジャスミンの「風味のニュアンス(ノート)」をすすり、香りを確かめながら、スペシャリティコーヒーを楽しんでいる。彼らが話すのは、サードウェーブコーヒー(スターバックスに代表される「セカンドウェーブ」の次をいくトレンド)の専門用語だ。そこではグラム単位のスケール、マイクロロット(極小生産ロット)、抽出、品種などが語られる。そのカフェでの体験は、ワイン蔵(セラー)で行われる本格的なテイスティングに足を踏み入れたかのようだ。客は知ったかぶりをしながら、店員から定期的にパレットクレンジング(味覚のリセット)を促される。



