Netflixで最近起きた出来事は、職場で従業員に「弱さをさらけ出す」ことを推奨した場合に何が起こるのかという、不快な問いを投げかけている。チームは家族ではないこと、そしてプロフェッショナルな場での発言には注意が必要であることを従業員に思い出させるのは有益な助言だが、リーダーにとってより重要な問いはもっと広い。すなわち、「こちらが求めたリスクを従業員が実際に取った後、何が起きるのか」ということだ。
何年も前のこと、私は新しく編成されたリーダーシップチームのために、2日間のリーダーシップ・オフサイトのファシリテーターを務めていた。チームの新リーダーであるボブは、単なるリーダーとしてではなく、一人の人間として自分を知ってほしいと考えていた。
そこで私たちは「リーダーシップ・モーメンツ」というエクササイズを行うことにした。これは何度も行われてきた定番のワークであり、それゆえに、出身校や育った場所、これまでに乗り越えてきた転機を語るだけの、型通りで中身の薄いものになりがちだ。アイスブレイクのチェック項目を消化して先に進む、そんなものになりやすい。
しかしボブは、違うやり方を望んでいた。
9時ちょうどに、ボブは会議を始めた。
会議が時間通りに始まることなどなかった。ほとんどの人は朝食のブリトーやヨーグルトを口に入れている最中で、ノートを開きながらナプキンを手に取っていた。
これから会議は時間通りに始まり、時間通りに終わる。それがボブが言葉と行動で示した最初の期待だった。2つ目は、部屋の中で起きたことは部屋の中にとどめ、率直さ、質問、建設的な議論を大切にすること。3つ目は、同僚に関する懸念は、その話し合いの進め方についてコーチングを求める場合を除き、本人と直接解決することだった。
信頼はすでに築かれ始めていた。まだ9時5分にもなっていなかった。
部屋の空気が変わった。
ボブは、サウスカロライナ州で育ち、兄が親友だったと語った。両親はいずれも教師だった。幸せな子ども時代だったが、12歳のとき、兄が予期せぬ事故で亡くなった。彼は自分の人生を「事故の前」と「事故の後」に分けて見ていた。
空気は再び変わった。好奇心から共感へと変わったのだ。やがて、家が全焼した話、子どもが入院した話、親がかつての姿とは別人のようになってしまった話が語られた。
全員が弱さを見せた。トラストフォールは必要なかった。
その後のオフサイト研修には、新たに発足したチームではこれまで経験したことのない自然な落ち着きがあった。複雑な意思決定を簡素化すること、難しい判断を下すこと、戦略転換に開かれていること、高度にマトリックス化された組織における引き継ぎを明確にすることについて、議論が自然に生まれた。
ボブは期待を明確にしていた。自らそれを体現していた。そしてチームは、それを実践し始めた。
信頼が「私たちの働き方」そのものになり始めるとは、こういうことだ。
ここで、最近のNetflixの事例を考えてみよう。
2026年1月、Sendero Ranchで開かれたNetflixのリトリートで、従業員は訴状が「脆弱性と信頼の演習」と呼ぶものに参加した。訴状によると、Netflixのある幹部は自身のメンタルヘルスに関わる繊細な個人的事情を打ち明けた。訴状は、その開示内容が後に調査の一部となり、同幹部の解雇につながったと主張している。
誰かを責めるのは簡単だ。人事、法務、上司、あるいは従業員本人でさえ、違う対応ができたのかもしれない。私たちはすべての事実を把握しているわけではなく、この件はなお係争中である。
しかし、この事例が提起するより大きなリーダーシップ上の問いを考えるために、誰が正しかったのか、誰が間違っていたのかを判断する必要はない。従業員が、こちらが求めたリスクを実際に取った後、何が起きるのか。
信頼は、人に信頼してほしいと求めることで築かれるものではない。信頼したときに何が起きるのかについて、繰り返し証拠を示すことで築かれる。Netflixがどのような手順を踏んだのか、私たちは知らないし、知る必要もない。この事例は、信頼が壊れたときに何が懸かっているのかを示している。
AI時代こそ率直さが必要だ
AIの登場により、賭け金はさらに高まっている。AIが情報の生成と処理においてより多くの仕事を担うようになるにつれ、人間の判断はいっそう重要になる。私たちには、出力に疑問を呈し、アルゴリズムが見落としたものに気づき、目にしたものに異議を唱える意思のある人が必要だ。
しかし、自己検閲を覚えた従業員は、そうした行動を取りにくくなる。仕事はなお完了させるかもしれないが、「これは正しくないと思う」「何を見落としているのか」「ここにリスクがある」と口にする可能性は低くなる。
リーダーがより多くの率直さを促し、その信頼をより実感できるものにするためにできることは3つある。
1)定義する
リーダーは往々にして過度に指示的になりたくないと考える。しかしその結果、従業員が必要とする期待を設定し損ねる。
リーダーが従業員に「率直であってほしい」「オープンに話してほしい」と求めても、そうした言葉は中身のない招待のように聞こえることがある。率直さとは実際にはどのようなものなのか。誰かが懸念を表明したら何が起きるのか。何が秘密として守られるのか。何を他者と共有する必要があるのか。
ボブは、チームに弱さを見せるよう求めることから始めたのではない。メンバーに何を期待しているか、そしてメンバーが自分に何を期待してよいかを伝えることから始めたのだ。
従業員は、率直さの境界線を、それを越えることで見つけなければならないようであってはならない。マイケル・ハドソンは社会契約についてForbes にこう書いている。「人は完全な透明性を期待しているのではない。嘘をつかれないことを期待しているのだ。真実が滞ると、組織には憶測と冷笑が満ちる。率直さは、私たちが掲げることと実際に行うことの間の隔たりが広がりすぎるのを防ぐ」
2)体現する
リーダーは常に見られている。従業員が期待を行動として見ることができなければ、言葉に意味はない。
率直さを求めるなら、率直さを示すことだ。人にアイデアへ異議を唱えてほしいなら、自分のアイデアにも異議を唱えさせることだ。人に失敗を認めてほしいなら、自分の失敗を認めることだ。
ボブは最初に自分から踏み出した。演習の外の安全な場所に立ったまま、チームに弱さを見せるよう求めたのではない。自分を形づくった出来事を共有し、弱さとは何を意味するのかをチームに示した。
体現することは、個人的な話を共有することだけではない。仕事が困難になったときにリーダーが何をするかを、従業員は見ているのだ。
3)持続するものにする
ある行動は、リーダーがそれを導入したから文化の一部になるのではない。リーダーがそれについて語らなくなった後も、人々が実践し続けるときに文化の一部になる。
そのためにはリーダーだけでは足りない。従業員にも役割がある。期待されているのが建設的な議論であるなら、従業員は意見の相違を個人攻撃にせず、アイデアに異議を唱えなければならない。誰かが率直であるリスクを取ったなら、その周囲の人々が、その行動を可能にする助けとなる。
Netflixで何が起きたのか、その全容を私たちは永遠に知ることがないかもしれない。自分たちの組織内で起きることについても、全容を知ることはしばしばない。守秘義務がある以上、従業員には常に見えないことがある。
それでも、従業員は十分に見ている。声を上げた人に何が起きるのか、管理職が耳を傾けるのか、リーダーが大切にしていると言う行動が状況の厳しいときにも保たれるのかを見ている。
ボブのチームは、私がこれまで共に仕事をした中でも最高水準の成果を上げるチームの一つになった。彼らはアイデアに異議を唱え、戦略を深掘りし、互いを育て、言うべきことを言った。
そうしたときに何が起きるのかを、彼らは思い悩む必要がなかった。



