投資家が金を保有する理由として、従来よく挙げられてきたのは、インフレヘッジ、通貨の価値が下がる局面で資産価値を守る手段、地政学的ショックへの保険といった説明だ。こうした説明は現在も成り立つが、過去数年間に金価格を実際に動かしてきた要因を、それだけでは十分に説明できなくなっている。
2026年には金価格が1オンス5000ドルを突破した。一部の指標では、今回の上昇ペースは、現代の金取引史における主要な強気相場の中で最速とされる。米国のインフレ率はコロナ禍後のピークから鈍化し、3.5%に近い水準にある。1970年代に起きた前回の大規模な金相場上昇時には、インフレ率が2桁に達していた。現在はインフレが加速しているのではなく、鈍化している。従来のインフレヘッジ論だけでは、こうした状況で起きている大幅な金価格上昇を説明しきれない。
中央銀行が金を積み増し、外貨準備のドル依存を減らす動き
今回の金価格上昇をより十分に説明するのは、誰が金を買い、なぜ買うのかが変わったことだ。中心にいるのは個人投資家ではなく中央銀行である。中央銀行による金購入は数年連続で歴史的な高水準にあり、特に新興国の中央銀行が主導している。中国、インド、ポーランド、トルコ、複数の湾岸諸国の中央銀行は、特に規模が大きく、継続して金を買ってきた買い手に含まれる。金準備を積み増すペースは、米国がドルと金の交換停止に踏み切る前の1970年代初頭以来みられない水準にある。
ロシアの外貨準備凍結、中央銀行が意識するドル保有の政治リスク
中央銀行による金購入が歴史的な水準に高まった時期と、ロシアの外貨準備が凍結された時期が重なるのは偶然ではない。買い手と購入目的の変化は、ロシアが2022年にウクライナへ侵攻した後、同国のドル建て外貨準備の相当部分が凍結されたことと直接結び付いている。この出来事は各国の中央銀行に、西側の金融機関で保有するドル準備には政治的リスクが伴うことを示した。自国の金庫で保管する金には、同じ種類のリスクがない。以前なら現実味の薄いリスクと考えたかもしれない外貨準備の運用担当者も、2022年以降はドルへの依存を計画的に減らし、準備資産を分散してきた。
ドル中心の国際通貨体制、信認低下で準備資産として金の存在感
この見方に立つと、金はインフレ見通しに連動する投資対象というより、ドル中心の国際通貨体制への信認を問う、時間をかけた「信任投票」としての意味合いを強める。ドル中心の体制は、ブレトンウッズ体制以来、世界の金融を支えてきた。ここでいうドル中心の国際通貨体制とは、ブレトンウッズ体制でドルが国際通貨の中心に据えられ、同体制が崩壊した後も、各国の外貨準備や国際決済でドルが中心的な役割を担ってきた仕組みを指す。
ドル中心の体制は、かなりの部分を信頼によって支えられている。ドル資産を自由に使え、凍結されたり政治的な手段として利用されたりしないという信頼だ。米国が責任ある財政運営を続け、ドルの購買力を長期的に守るという信頼も含まれる。米連邦債務は増加している。米国では経済が成長している局面でも財政赤字が続き、外貨準備を凍結した前例も生まれた。この3つの要因は、それぞれ別々に、世界で外貨準備を運用する担当者の一定層からドル中心の体制への信頼を少しずつ失わせてきた。
こうした要因はいずれも短期間で反転しそうにない。現在の金相場が過去の上昇局面とは違う動きをしている大きな理由の1つがここにある。今回の上昇局面では、実質金利やドル高など、従来は金価格の大半を説明してきた短期的な材料の影響がかなり弱まっている。



