筆者は200人以上のビジネスパーソンを対象に意識調査を行い、「現在取り組んでいること」と「自分が発揮できると信じている能力」の間のギャップについて尋ねた。その結果、ほぼ全員に当たる92%が「自分は現在発揮している以上の能力がある」と回答した。そして、その能力の発揮を阻んでいる要因を尋ねたところ、最も多かった回答は、時間やスキル、機会の不足ではなかった。それは「自己疑念(セルフダウト)」だった。
この記事を読んでいるあなたも、おそらく同じではないだろうか。
リーダーでさえ自分を疑う
意外だったのは、リーダーという立場になっても、自己疑念が消えるわけではないということだ。リーダー職にある人の3分の2が「自分にはもっと大きな能力がある」と答え、5人中4人が今でも自分の判断を疑うことがあると回答した。肩書を得たからといって、「できること」と「現実にやっていること」の間のギャップが埋まるわけではない。むしろ、そのギャップをより痛烈に感じさせるようになるのだ。
あの感覚を思い出してほしい。意見を言おうとしたり、決断を下そうとしたり、あるいは少し自分のキャパシティを超えるような領域に踏み出そうとしたりする。まさにその行動を起こそうとした瞬間に、何かが揺らぎ、躊躇してしまう。
「もっとタイミングが良くなるまで待とう」「もっと準備が整ってからにしよう」と自分に言い聞かせる。その結果、悪いことは何も起きない。しかし、何も変わりもしないのだ。
この躊躇は、ペースを落とせという警告のように感じられるが、実際はその逆であることが多い。それは通常、自分が成長するための限界に立っているときに現れる。筆者はこの瞬間を「コンフォート・シーリング(快適さの限界)」と呼んでいる。これは限界ではなく、心地よさを求める「これまでの自分」がこれ以上進めなくなる地点だ。最高の自分になるためには、それを避けて通るのではなく、突き破って進む必要がある。
恐ろしいのは、一瞬の躊躇そのものではなく、それが「習慣」になってしまうことだ。発言するのを思いとどまるたびに、それはもっともらしい言い訳に思える。しかし、そうした逃避が積み重なることで、やがてそれが自分の行動パターンとして定着してしまう。
チームはリーダーの背中を見ている
筆者も長年、自分の中のそうした「自己疑念の声」と戦ってきた。キャリアの初期には、求人への応募書類を前にして、面接にすらたどり着けないだろうと思い込み、自分の限界を自分で決めてしまっていた。変化をもたらしたのは、疑念が消え去ったからではなく、疑念が消えるのを待たずに行動することを学んだからだった。
リーダーにとって、その声は自分だけの問題にとどまらない。特にそれを強く感じるのは、先送りされがちな「評価やパフォーマンスについての話し合い」の場面だ。部下のパフォーマンスが基準に達していないにもかかわらず、本音で話すのが気まずいために、対話が何週間も先延ばしにされる。その間、部下は自らの成長を助けるフィードバックを得られないまま働き続けることになる。それは一見、優しさのように思えるが、実際は不誠実な行為だ。
本当に相手を大切に思うなら、その人が聞きたいことではなく、聞く必要のあることを伝えるべきだ。
リーダーが躊躇すれば、それを見ている全員の「限界」を決定づけてしまう。なぜなら、チームメンバーはリーダーの勇気に自らの基準を合わせるからだ。頼りにしている部下たちもまた、自らの判断に疑問を抱いている。そしてほぼ全員がそれを口に出さないため、誰もが「自分だけが悩んでいる」と思い込んでしまう。その沈黙こそが真の問題なのだ。
自己疑念は消すものではなく、乗り越えるもの
キャリア全体で考えてみてほしい。自分には無理だと諦めた役割、会議の前に駐車場で立ち消えになったアイデア。それらは一見「失敗」には見えないが、だからこそ失う代償は非常に大きい。
解決策は、疑念を取り除くことでは決してない。成長しても疑念が消えることはなく、最も自信に満ちているように見える人々でさえ、同じようにそれを感じている。変わるのは、その疑念が心の中で占める割合だ。
小さなコップに入った水の中に、ゴルフボールを落とした様子を思い浮かべてほしい。初期の段階では、疑念というボールがコップのほぼ全体を占め、すべての決断が「失敗したらどうしよう」「まだ準備ができていないのではないか」というフィルターを通して行われる。
成長するとは、ゴルフボールを小さくすることではなく、それを受け止める「容器」を大きくすることだ。困難な課題に対処できるという実績を積み重ねていくうちに、その疑念はバケツに浮かぶピンポン玉のように感じられるようになる。疑念自体はまだそこにあるが、以前に比べて占める割合ははるかに小さくなる。
「準備が整う前」に動く
筆者はこれらを本から学んだわけではない。安定した仕事を辞め、まだ心の準備が全くできていない時期にスタートアップの経営に参画したときに学んだのだ。疑念はずっと付きまとっていたが、現場に立ち続け、仕事をこなしていくうちに、徐々にそれが主導権を握ることはなくなっていった。
疑念に「発言権」はあっても、もはや「決定権」はないのだ。
恐れをなくすことが目的ではない。疑念が頭の中でささやき続けている状態でも、動くことを学ぶのが重要なのだ。
だから、準備が整う前に動き出そう。自信は行動する前に現れることはめったにない。行動した結果として、後からついてくるものだ。筆者にはシンプルなルールがある。何かを避けている自分に気づいたら、24時間以内にどんなに小さくても一歩を踏み出すのだ。メールを1本送る、電話をかける、あるいは「今からこれをやる」と誰かに宣言する。躊躇は火のようなものだ。放置する時間が長いほど大きくなるため、火が小さいうちに動く必要がある。
心の中の弱音をあえて口にしよう。チームに対して「これには確信が持てないが、とにかく進めよう」と伝えることで、メンバーもまた確信が持てないまま行動することが許されるようになる。そして、「自分以外の誰もがすべてを把握している」という幻想を打ち砕くことができる。
そして、メンバーが内に秘めている可能性を見出そう。これまでに優秀な人材が、要件をすべて満たしていないという理由だけで社内の公募案件を見送る姿を何度も目にしてきた。だが、より大きな役割へと成長していった人々の多くは、本人の準備が整う前に「誰かがチャンスを与えてくれた」からこそ、そこに到達できたのだ。多くの人は、自ら口にする以上のポテンシャルを秘めている。だからこそ、現在の役割以上のことに挑戦する意欲があるかを問いかけ、彼らをふさわしい舞台へと引き上げる存在になろう。
終わりに
あなたには、今発揮している以上の能力がある。そしてそれは、あなたの部下たち全員にも言えることだ。部下たちは、自分たちの疑念と向き合う前に、リーダーが自身の疑念をどう扱っているかを見つめている。だからこそ、疑念に発言権は与えても、決定権は絶対に与えてはならない。彼らの限界を決めるのはあなただ。今日こそ、その限界を引き上げる絶好の機会である。



