価格は崩れたが、先頭集団と後続を隔てる実力差は残っている
ここで1つ断りが要る。ここまでの議論を大づかみに広げてしまうと誤りになるからである。最先端モデルどうしが一様に置き換え可能になったわけではない。実務ではClaudeとOpenAI系、Geminiが互いに近い位置にあり、3系統に入らないモデルは先頭集団の代わりではなく、限られた用途に足りる存在として扱われている。モデル全体を価格だけで選ぶのは誤りになる。
安価なFlashが、最上位モデル並みの仕事を低い費用でこなす
崩れているのは、最先端と呼べる能力に付いた価格であり、先頭を走る企業と後続を隔てる差ではない。Flash系が現在こなす仕事は、グーグル社内でアンソロピックの旗艦モデルと突き合わせて評価される水準にある。しかも費用は、旗艦モデルよりはるかに安い。グーグルとOpenAI、アンソロピックは、それぞれ割安な系列で自社上位モデルを下から追い上げている。値下げを行う時期は各社ばらばらだが、上位モデルとの価格差が縮んだ分だけ、買い手は安く同じ仕事を頼める。
モデルが安くなるほど、利益は計算資源とデータの側へ移る
モデル自体の価格が下がっても、価値が消えるわけではない。価値は移動するだけであり、行き先は何が希少なまま残るかを見れば予測できる。
エヌビディアは2028年度に売上高70%増、上限を決めるのは供給
計算資源は希少なままである。エヌビディアは2028年度に売上高が約70%伸びるとの見通しを示し、アナリスト予想である約44%を大きく上回った。最高財務責任者(CFO)はアナリストに対し、この見通しが需要ではなく供給面の制約を映していると説明した。トークンが安くなれば、生成されるトークンの量は増える。単価が下がっても総消費が減らずに増えるのは、生成量そのものが膨らむからである。アンソロピックとOpenAI、グーグルはいずれも計算能力を増やすために数千億ドル(数十兆円規模)を投じながら、その設備が生み出すトークンの価格を下げ続けている。
10年分の業務記録は、モデルが安くなっても再現できない
自社だけが持つデータも希少なままである。企業が10年分の業務記録を蓄えた基幹システムは、ひと月で15%安くなったモデルには再現できない。業務記録を握っていること自体が強みになっている企業は、モデルが安くなっても強みを失わない。モデルの値下がりは、AIに払う費用が減る分だけそのまま得になる。有利な立場にあるのは、顧客業務にすでに組み込まれている業務システム企業とインフラ企業である。
2024年と2025年には、誰もがAIモデルそのものを最大の稼ぎ場所だと語っていた。値段でしか差がつかない汎用品に変わりつつあるのは、ほかでもないそのモデルである。
明確な性能差を持つ新モデルが出れば、価格支配力は戻る
値下がりが止まり、最上位モデルが再び高値を通せるようになる筋道は1つしかない。長く続く性能差を開く新モデルが、どこか1社から出てくることである。現時点で、そうした兆しは出ていない。むしろ、値下がりが続くことを裏付ける事実が並ぶ。6週間で3度に及ぶFlash改訂、同じ四半期に主要各社がそろって実施した値下げ、そしてグーグルが社内試験でアンソロピックの旗艦モデルではなく割安なモデルを選んだ事実である。
グーグルは9月2日に公開を確定し、価格も据え置いた
グーグルは9月2日に公開を確定させ、価格も併せて示した。3.8 Flashの提示額は、入力100万トークンあたり0.75ドル(約116円)、出力100万トークンあたり3.75ドル(約581円)だった。3.7 Flashと同額に据え置かれている。値上げがなかった以上、値下がりが続くという見方はこれ以上の論証を必要としない。価格支配力を持つ供給者は、最も売れている製品の価格を6週間で3度も下げたりしない。恩恵を受けるのは、モデルを動かす土台で供給が絞られている計算資源を売る企業と、いくら払ってもモデルには作り直せないデータを握る企業である。


