国名にはどんな意味が込められているのだろうか。過去数十年の間に国名を変更した国の中には植民地時代の名残や外国語の影響を国名の中に見いだし、それらを払拭したいと考えたところもあったが、近隣諸国との紛争を解決したり、より広範なアイデンティティを表現したりする目的もあった。
太平洋に浮かぶ小さな島国ナウルは7月に国名をナオエロ共和国に変更し、先住民の言語に基づく本来の名称を西洋風に表記していた従来の国名を廃止した。デイビッド・アデアン大統領はこれを自己決定権の問題として位置づけ、国名の変更は尊厳と誇りに関わるものであり、ナウルの人々は「自分たちの国名を取り戻す」べきだと述べた。
国連の創設以来、加盟や独立、統合、あるいは国家の分割とは無関係に国名変更が申請された例はほんのひと握りだ。ナオエロ共和国の他にも植民地時代の国名を廃止した国はいくつかある。たとえば、オートボルタ共和国は1984年にブルキナファソ共和国になった。セイロンからスリランカへの変更は1991年に国連へ通知された(実際の変更は1972年にさかのぼる)。スワジランドは2018年にエスワティニになった。
国連に登録された各国の英語名称の変更では、英語の国名を自国の言語による名称へ変更するという、場合によってはより難しいものになり得るケースがある。多くの国が言語によってまったく異なる名称で呼ばれていることを考えると、これは一見すると不自然にも思えるが、この方法による国名変更の中には比較的成功したとみなされている例もある。
最も有名なのはコートジボワールが1985年に国連のすべての公用語でフランス語の国名を採用した例だ。同国はこの種のアイデンティティ・ポリティクスを早い時期から採用した国となった。2013年にはカーボベルデの英語表記「Cape Verde」がポルトガル語名の「Cabo Verde」へと変更された。そして2022年にはトルコの正式名称が「Turkey」からトルコ語表記の「Türkiye」へ変更された。国際社会への認知の浸透は今後数年間で明らかになる。また、典型的な植民地主義の文脈以外で行われた初の国名変更であるため、定着は複雑化する可能性がある。



