江戸時代、日本で独自に発達した義歯技術が存在した。入れ歯師と呼ばれる職人が、柘植などの硬木から入れ歯(木床義歯)を彫り出していたのだ。その形状は今の入れ歯とほぼ同じで、実用性も高かった。使用者の顎に合わせて作られた形状は、個人識別が可能なほど精密なものだ。
2017年、東京都港区にあった湖雲寺跡遺跡で発掘調査が行われ、1000体を超える人骨と、43点の木床義歯(部分入れ歯と総入れ歯)が出土した。東北大学の研究グループは、そのうち上顎用の総入れ歯3点と、歯のない頭蓋骨16点の三次元解析を行い、それらの形態的類似性を調べた。

写真からわかるとおり、当時の総入れ歯は現代のものとほぼ同じ形をしている。上顎にピッタリ合うよう精密に作られているので、入れ歯が口蓋に吸着して固定される仕組みになっている。まさに、今の入れ歯と同じ原理だ。またこれまでに発掘された木床義歯には磨り減った跡があることから、見た目をつくろうものではなく、実際に食事用に使われていたこともわかっている。
そのため、木床義歯を頭蓋骨に入れてみれば、誰がどの入れ歯の持ち主かがわかるのだが、頭蓋骨には粘膜がないため条件が実際とは異なる。しかも木床義歯は非常に貴重な文化財であるため、傷つけてはいけない。そこで三次元解析を用いることになった。義歯と口蓋の形状をスキャンして、さらに口蓋の粘膜の厚さを考慮して適合性を調べたところ、義歯と口蓋の最短距離が2〜6ミリメートルに収まるものが正解のペアであることがわかった。それ以外の組み合わせでは最大1センチメートルの隙間が生じてしまう。
ただし、大きく隙間が生じる部分は、神経や血管が出入りするための骨の穴(孔)の位置と重なるものがあり、それは装着者が痛みを感じないようにする解剖学的形態を反映した配慮であることもわかった。
今回用いられた義歯と顎骨を比較する手法は、現代の身元確認にも適用が可能とのことだが、それよりも、やはり驚きなのは江戸時代の職人のアイデアと高度な技術だ。「義歯を吸着させて安定させる技術が、西洋でその原理が体系的に記述される以前から日本で用いられていた可能性」があると研究グループは指摘している。
出典:東北大学 江戸時代の木製の義歯、三次元解析で優れた適合を証明 ―日本独自の歯科技術の再評価と個人識別への新たな応用へ―



