かっちりとした服装、太縁の眼鏡、薄ピンクのマニキュア、そして軽やかで、いかにも育ちのよさそうな話し方。しかし、それらをもってしても、彼女の本質にある「破壊者」としての性分は隠しきれない。
南カリフォルニア大学の学生時代、彼女はサプライサイド経済学者のアーサー・ラッファーと出会い、生涯の師を得た(ラッファーは現在アークのアドバイザリーボードに名を連ねている)。25歳のアナリストだった当時、ウォール街の大部分が恐怖で逃げ惑うなか、彼女は1970年代の弱気相場の終焉をいち早く予見し、当時の勤務先であったジェニソン・アソシエイツは長期にわたって市場を上回る好成績を収めることになった。その後、新聞業界の株式アナリストとして同産業が崩壊していく様を特等席で目撃した彼女は、自らのお金を「破壊される側」ではなく「破壊する側(ディスラプター)」に投じる決意を固めた。
ジェニソンに18年間勤めた後、ウッドは3年間自身のヘッジファンドを運営し、2001年にアライアンス・バーンスタインへ移籍した。同社ではテーマ型ポートフォリオの最高投資責任者(CIO)として、一時期60億ドル近くを運用するまでに至った。
アクティブ型ETFのシリーズ立ち上げというアイデアがウッドの頭に浮かんだのは、2012年8月のことだったという。3人の子どもたちが皆家を離れ、静まり返った慣れない部屋の中で、彼女はこう考えを巡らせた。
「私はこれまでのキャリアを通じてずっと破壊的イノベーションを見つめ続けてきた。ならば、自分自身がいる業界も前進させてみてはどうだろうか?」
ウッドが提示したETFのビジョンをアライアンス・バーンスタインが見送ったため、彼女は2013年6月に同社を去った。円満退社だったと彼女は語っている。同社はコメントを控えているが、上層部はウッドの大胆な賭けが生み出すジェットコースターのような運用成績に疲れ果てていたのかもしれない。
彼女の指揮下にあったアライアンス・バーンスタインの「ストラテジック・リサーチ」ポートフォリオは、S&P 500指数が26%のリターンだった2009年に45%という驚異的な成果を上げた一方で、S&Pが2%のリターンを確保した2011年には14%の損失を出した。モーニングスターのデータによると、アライアンス・バーンスタインに在籍した12年間で、彼女が叩き出した年率平均リターンは5.6%であり、同期間のS&P 500の4.2%を上回っている。
リスク調整後のリターンとなれば話は別だ。ウッド本人でさえ、自身の投資スタイルは気の弱い人には向いておらず、一般的な投資家のポートフォリオの核に据えるべきではないと認めている(ただし彼女自身は、個人の株式資産のすべてを自分が選定した銘柄に注ぎ込んでいる)。
ウッドは自身の大胆な投資スタイルについていっさいの弁明をしない。それどころか彼女は、2008年の市場暴落(リーマン・ショック)以降、アクティブファンドのマネジャーたちは弱腰になりすぎ、毎年ベンチマークとなるインデックスに追従することばかりに固執していると主張する。高い手数料を考慮すれば、それではインデックスを下回る結果にしかならない。実際、「アーク・イノベーション」の組み入れ資産のうち、S&P 500と重複しているのはわずか16%(アップルを除けば13%)に過ぎない。
クレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」を支持するウッドは、新しい技術や思考法を構築している企業を探し求めている。そこには、ウォール街のアナリストたちが業界ごとの縦割りで組織されているがゆえに「隙間に落ちて見落とされている」企業も含まれる。
「アテナヘルスはテクノロジー銘柄でしょうか、それともヘルスケア銘柄でしょうか?」と彼女は問いかけ、自らの主張を端的に示す。そして「両方です」と答える。テスラはバッテリーメーカーか、それとも自動車メーカーか? アマゾンはテクノロジー企業か、それとも小売り業者か?


