25年前、スコットランド訛りの強い、沼地に暮らす怪物のシュレックが、火を吹くドラゴンの手からプリンセスを救い出した……。
そして、それ以来、アニメーション映画の世界は一変した。
古典的なおとぎ話を爽快なまでに覆したドリームワークスの解釈は、スマッシュ・マウスの歌詞を借りるなら、型を打ち破った「流れ星(シューティング・スター)」だった。
「幼い子どもたちから、おじいちゃん、おばあちゃんまで、あらゆる世代を魅了した」と、ジョン・パウエルとともに『シュレック』の音楽を手がけたハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、ヴァレーズ・サラバンド社から近く発売される記念アナログ盤を祝うZoom取材で語った。
「多くの人は、子どもを映画館に連れて行きながら、自分自身も十分に楽しめることに驚き、そして安堵したはずだ。単に子ども向けにレベルを落としたような内容ではなかったからだ」と彼は続ける。「よく聴いてみると、ダブル・ミーニング(二重の意味)が仕込まれていて、誰もが楽しめる要素が詰まっていた。当時の子ども向けアニメーションとしては、かなり珍しかったと思う」
言い換えれば、この映画は、グリム兄弟やハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話を脚色してきたディズニーの手法に真っ向から挑戦するものだった。ドリームワークスの共同創設者であるジェフリー・カッツェンバーグは、1994年に自分を容赦なく解雇したディズニーに対して含むところがあり、『シュレック』はかつての雇い主に緑色の大きな中指を突き立てる絶好の機会となったのだ。
「ドリームワークスの全員が、非ディズニー、あるいはアンチ・ディズニーとでも言うべきアプローチを模索していたのは間違いない」と、同スタジオの『ヒックとドラゴン』シリーズの音楽でも知られるパウエルは振り返る。「ディズニーがやることは何でも、その逆をやろう、と」
下品すれすれのユーモアやポップカルチャーへの言及を詰め込み、従来なら「怪物」と見なされるキャラクターの視点から語られる、粗削りなおとぎ話のマッシュアップ。それが、それ以前のあらゆる作品から本作を際立たせた。
実際、『シュレック』はあまりに画期的だったため、アカデミー賞の長編アニメーション賞創設につながった。
「これは非常にうまく作られた、優れたアウトサイダーの物語だ」とパウエルは説明する。「アウトサイダーであることに実は満足しているアウトサイダー、という発想はかなり珍しい。おそらくそれが、この作品に芯を与えたのだと思う」
スマッシュ・マウス、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ、ザ・プロクレイマーズ、イールズ、レナード・コーエンらによる多彩で記憶に残る挿入曲がそろっているとはいえ、『シュレック』独自の個性は、グレッグソン=ウィリアムズとパウエルの劇伴(スコア)から始まっている。サウンドトラックの冒頭を飾る「Fairytale」は、シリーズ全体の事実上のテーマ曲となった。
「映画の始まりでは、観客を少しミスリードしたかった」と、その後のシリーズ3作品や、オーランドとロサンゼルスのユニバーサル・スタジオにあるアトラクション『シュレック 4-D アドベンチャー』の音楽も手がけることになるグレッグソン=ウィリアムズは明かす。「キャラクターが登場する前に、観客が『ああ、なるほど。これは何度も観たディズニー映画のような世界だな』と思うように仕向けたのだ。しかし次の瞬間には、あのスマッシュ・マウスの曲が流れ出し、『アラジン』のような素晴らしい映画とはまったく違う世界に引き込まれるわけだ」
もちろん、「Fairytale」のキューは、フィオナ姫(キャメロン・ディアス)と永遠に結びつくことになった。彼女は、泥を愛するソウルメイト(マイク・マイヤーズ)が、おしゃべりなロバ(エディ・マーフィ)の助けを借りて救いに現れるまで、長年にわたり完璧なおとぎ話の結末を思い描いていた。
フィオナが『白雪姫』や『眠れる森の美女』のように「真実の愛のファーストキス」でしか解けない呪いだと思っていたものは、実は彼女が受け取り得た最大の祝福だったことがわかる。いわば、野獣が美女になるのではなく、美女が野獣になるのだ。
「あのメロディは本当に役に立つツールになった」とグレッグソン=ウィリアムズは付け加える。「制作の最初の数週間は、あれほど重要なものになるとは2人とも気づいていなかったと思う。第1作目に続くすべての作品で、あの曲を使えたのは非常に幸せなことだった。それは純粋さや憧れ、おとぎ話のような結末を象徴していた。フィオナがずっと望んでいながら、ことごとく裏切られ続けたものだ」
もう1つの重要な曲が、ありとあらゆるおとぎ話の生き物たちに押し寄せられる前、シュレックが静かな沼地の家で夕食を食べるシーンで流れる「Eating Alone」だ。この曲は、主役であるヒーローを体現するものでなければならなかった。グレッグソン=ウィリアムズは「不格好で気難しく、お粗末な構成で、お世辞にも洗練されているとは言えない音楽」を目指したと語る。「メロディはできていると感じていたが、それにふさわしいアレンジを見つけるのが難航した」
当初は著名なチェリストであるマーティン・ティルマンの演奏によるチェロ用のアレンジだったが、求める音にはならなかった。そこでパウエルは、ティルマンを再び呼び出し、事前の予告なしに「Eating Alone」をコントラバスで演奏してもらうことを提案した。見た目は似ているものの、チェロとコントラバスは「必ずしも互換性があるわけではない」とパウエルは指摘する。「突然、すべてが勝手の違う位置に配置されるため、彼は非常にやりにくそうに演奏していた。チェロを弾いていたときの自信に満ちた様子とは対照的だった」
「マーティンがやってくると、ジョンがボロボロの古いコントラバスを持ち込んできて、彼に弾いてほしいと頼んだ」とグレッグソン=ウィリアムズは振り返る。「お世辞にも上手な演奏とは言えなかったが、なんとか指を動かして弾いてくれた。その結果、不格好で気難しく、まさに私たちが求めていた通りの音になったのだ。制作陣に聴かせたところ、大絶賛された」
パウエルもこう同意する。「メロディはメロディだが、それをどのように演奏するか、あるいは演奏させるか、映画の特定の瞬間にどのように提示するかによって、キャラクターの多くが語られる。制作陣が気に入ったのは、メロディを奏でるのには本来適していない、非常に奇妙な響きを持つ楽器を中心とした、この極めてシンプルなアレンジだったのだと思う」
未来に目を向けると、パウエルはすでに、待望の続編『シュレック5』の劇伴制作という「沼」に深く浸かっている。コンラッド・ヴァーノン(『シュレック2』)とウォルト・ドーン(『トロールズ・バンド・トゥギャザー』)が監督を務める同作は、2027年6月30日に全米公開予定だ。
玉ねぎ……失礼、バトンを引き継ぐことについて、グレッグソン=ウィリアムズは「彼が手がけるのは完全に正しく、至極真っ当なことだ」と語る。「わだかまりは一切ない。『シュレック』と過ごした素晴らしい10年間があったのだから。ジョンがどんな音楽を作るのか、映画館の列の先頭に並んで楽しみに待ちたい」
一方のパウエルは、この期待の続編に関する詳細について多くを語らなかったが、音楽を「新しく興味深いものにしつつ、温かく親しみのあるものにもしたい」と述べた。
「あの世界に戻り、見つめ直し、再びそこで遊べるのは実に興味深いことだ」と彼は締めくくった。「ストーリーに沿う限り、少し変化を加える努力をするつもりだ。私がこれまでに手がけてきた作品の歴史や、今回登場するキャラクターを踏まえると、自分に適したストーリー要素が含まれている。映画自体に深くインスパイアされ、そのインスピレーションを演奏や作曲で表現できればと思っている」



