※この記事は2014年12月発行の米誌「Forbes」に掲載されたものです。
マンハッタンにある広大な「パーク・アベニュー・アーモリー(連隊兵器庫)」に、ローリング・ストーンズの『悪魔を憐れむ歌』が鳴り響く。ランウェイを闊歩するのは、ミック・ジャガーの娘で22歳のスーパーモデル、ジョージア・メイ・ジャガーだ。そして最前列には、米『ヴォーグ』誌の編集長アナ・ウィンターの姿があった。
これは、かつて「終わった」とまで言われたアパレルブランドが、再びファッション界の最前線に返り咲いたことを象徴する光景だった。そのブランドの名は「トミー ヒルフィガー(Tommy Hilfiger)」。
かつて米国を代表するファッションブランドとして一世を風靡したトミー ヒルフィガーだが、過剰な流通と粗悪な廉価品の蔓延により、米国のビジネスは「崖から落ちる」ような壊滅的な状況に陥っていた。
しかし現在、同ブランドは再び熱気を帯びている。その立役者となったのは、抜け目のない2人の欧州人ビジネスマンだ。スイス人で現CEOのダニエル・グリーダー(53)と、オランダ人で前CEOのフレッド・ゲーリング(60)である。彼らは長年、海外市場でトミーブランドを牽引してきたエキスパートであり、引き継いだ米国事業の惨状を誰よりも冷徹に見つめていた。
安売りの罠と「負の連鎖」
当時のトミー ヒルフィガーが直面していた最大の危機は、市場の飽和以上に「常にセールをしている」という、高級ブランドにとって最も忌むべき状況に陥っていたことだ。
「事態は深刻でした。定価69ドルのシャツが、たとえ39ドルに値引きされても利益が出るように(コストを削って)作られていたのです」とゲーリングは振り返る。
一方、彼ら2人が率いていた欧州事業は、1997年のゼロから2008年には10億ドル弱にまで成長していた。そこには、米国市場にはびこる巨大なロゴや安っぽい値札の痕跡は一切なかった。
2006年、ゲーリングはロンドンを拠点とするプライベート・エクイティ(PE)投資会社のエイパックス・パートナーズ(Apax Partners)の支援を受け、16億ドルでのマネジメント・バイアウト(MBO)を主導した。欧州でのブランドの強さを評価したエイパックスの後ろ盾を得て、彼らは非上場化を決断したのだ。



