映画『アリータ:バトル・エンジェル』を観たことがある人なら、空中都市「ザレム」を覚えているだろう。雲の中に浮かぶその輝かしい都市からは、眼下の「アイアンシティ(屑鉄街)」へ向けて廃棄物が降り注ぐ。アイアンシティの住民たちは、廃棄物を拾い集め、いつかはザレムへ昇れるというかすかな希望を抱いて生き延びている。これは心に残り続ける象徴的な描写だが、テクノロジー業界の多くの人々が認めるよりも、私たちの未来を正確に予測しているかもしれない。
過去10年の大半をテクノロジー製品の開発に捧げてきた私は、私たちが歴史の分岐点に立っていると確信している。1つの道は、知能(インテリジェンス)が公共インフラとして提供される未来へとつながっている。もう1つの道は、二極化された世界へと通じている。すなわち、高価なプレミアムAIを手に入れられる人々のためのデジタルな「ザレム」と、それ以外のすべての人々のための「アイアンシティ」だ。
私たちがどちらの道を進むかは、リーダーたちが今下しつつある決断にかかっている。ここで、AIに対する3つの異なるアプローチを考えてみよう。
戦略1:スピードとスケール
最初の戦略は、米国が好むアプローチのようだ。米国で開発されたフロンティアモデル(最先端のAIモデル)は、多くの専門家の予測を超えるスピードで技術水準を押し上げてきた。AIインフラへと流れ込む投資は前例のない規模に達しており、それによって生み出される機能は目覚ましいものがある。
米国が取り組み始めなければならない構造的な課題は、その分配に関するものだ。現在、一握りの企業が、これまでに構築された中で最も有能なAIシステムを管理している。最先端AI製品の「プロ」向けプランは、5年前なら組織全体が利用できた機能をはるかに凌駕する推論能力を提供する。しかし、その能力をどのように共有すべきかについて、業界はよりオープンに議論を始めつつある。
フロンティアAIの構築には、巨額の資本とインフラが必要となる。しかし、「公平な知能(エキタブル・インテリジェンス)」という問いが主流の議論に入り込むにつれ、アクセスに関する議論を避けることはできなくなっている。米国は、グローバルなアクセスを形作るための資本、人材、インフラを備えている。米国の選択は、その国境を越えてはるか遠くまで影響を及ぼすだろう。
戦略2:広範なアクセス
中国のAIへのアプローチは、西洋の議論では誤解されがちであり、より微妙なニュアンスを汲み取った解釈が必要だ。中国政府は、オープンソースAIの開発を推進するという意図的な戦略的選択を行った。そして、ある基準で見れば、これにより世界の底上げが有意義に果たされている。DeepSeek(ディープシーク)の「R1」などのモデルは、計算コストのわずか一握りで、最先端に近い性能を実現した。このモデルは世界中のスタートアップに採用され、東南アジアをはじめとする地域のソブリンAI(国家が自国で主導するAI)戦略に統合されている。
リソースに制約のある経済圏にとって、高価なサブスクリプションや独自のインフラを必要としない有能なモデルへのアクセスは、実質的な「民主化」の形態と言える。
ここで生じる真に複雑な問題は、そのエコシステムにコンテンツの制約が伴うことだ。AIが生成する出力は国のガイドラインに準拠することが求められ、これらのモデルを基盤に構築を行う企業はその枠組みの中で活動する。採用する側にとって、これは重要な文脈だ。あらゆるAIエコシステムは、それが構築された環境の価値観を反映している。
戦略3:ピープル・ファースト
EU(欧州連合)のAI法(AI Act)による、ソーシャルスコアリングや特定の感情認識に対する禁止事項、高リスクシステムに対する透明性の要求、および基本原則としての「人間の尊厳」へのコミットメントは、純粋なスピード重視の開発に対する重要な対抗軸となっている。
これらは単なる官僚的な手続きではない。AIが人々に対して何をしてはならないのかを定義するものであり、この取り組みはモデルがどこで構築されたかに関わらず、重要な意味を持つ。
欧州にとっての真の課題は、ガバナンスにおける主導権が、アクセスにおける主導権を今のところ上回っている点だ。EUは、真に優れた最先端クラスのモデルである「Mistral(ミストラル)」を生み出したが、広範なモデル開発の成果は、米国や中国に比べて控えめだ。また、AI法のいくつかのスケジュールが延長されており、開発者や投資家に不確実性をもたらしている。
欧州の次の挑戦は、AIが何をすべきでないかを定義することにとどまらず、AIができることへの広範なアクセスを確保することだ。この課題に同じ真剣さで取り組むことができれば、その貢献は歴史的なものになるかもしれない。
ワイルドカード:オープンソースと水面下の架け橋
この物語には、どの政府も完全にはコントロールできず、どの単一企業も所有していない第4のアクターが存在する。それがオープンソースコミュニティだ。近年、オープンソースAIは、少し前なら不可能と思われた方法で、プロプライエタリ(独占的)な最先端モデルとの性能差を縮めてきた。Llama(ラマ)、Mistral、DeepSeekの「V4」ファミリーなど、2年前なら最先端だったモデルが、今や誰でも実行、修正、デプロイ(展開)できるようになっている。
これが重要なのは、有能なAIを有料の壁(ペイウォール)や国家のファイアウォールの背後に閉じ込めることができなくなったとき、政策だけでは生み出せなかった本物の「民主化」の条件が整うからだ。
ただし、オープンソースが万能の解決策というわけではない。インフラ、ITリテラシーの格差、エネルギーコストなどは、依然として世界の多くの地域にとって現実的な障壁となっている。また、オープンに公開されたモデルは、妥当なセキュリティ上の懸念も生じさせる。それでも、オープンソースは二極化に対する最大の対抗軸であり続けると私は考えている。なぜなら、国家間の覇権争いの外側に存在し、知能のツールは共有財(コモンズ)であるべきだという信念を反映しているからだ。
私たちはどこへ向かうべきか
ビジネスリーダーにとって、その選択は蓄積していく。AIを採用する決断を下すたびに、エコシステムは共有財に向かうか、あるいは障壁に囲まれた都市に向かうかのどちらかへと引き寄せられ、オープン性が支持される。オープンなモデルはコストを削減し、技術的な理解を深め、自社のIP(知的財産)を競合他社を支援する可能性のある企業から遠ざけることにつながる。
リーダーたちは主体的に関与しなければならない。あまりにも多くのCEOが、AIに関する意思決定を技術責任者に委ねてしまっている。技術責任者は、運用のランニングコストが上昇する一方で、迅速な導入やCapEx(設備投資額)の抑制といった短期的な成果に対して評価されがちだ。私自身、持続可能性よりもデモンストレーションのスピードを優先して、トークン消費の激しいシステムが選ばれるのを何度も目にしてきた。
導入を承認する前に、次の2つのことを要求すべきだ。商業面では、5年間の総コストの見通しと、自社のデータが決して二次利用されず、永久にログに記録されず、一時的なキャッシュを超えて保持されないという保証を求めること。技術面では、決定論的なロジックを確率論的な大規模言語モデル(LLM)の呼び出しから分離し、後者を最小限に抑えること。システムが自社のアルゴリズムに依存すればするほど、予測可能性、安全性、コスト効率が高まり、モデルの提供企業に主導権を握られるリスクが低くなる。
従業員を、AIの「消費者」ではなく「イノベーター」として育成しよう。消費者はモデルにコントロールを委ねてしまうが、イノベーターは知能が必要とされる場面や、アルゴリズムが複雑になりすぎる場面で、AIを選択的に利用する。そのマインドセットこそが、気がつけば他人が支配する「アイアンシティ」に取り残されているという事態を防ぐ最強のヘッジ(防御策)となる。
ザレムとアイアンシティに二極化する未来はリスクの1つであり、あらかじめ定められた運命ではない。しかし、その未来を回避し、望ましい姿に形作るための猶予は刻一刻と失われつつある。
今年問われているのは、「誰が最も優れたAIを構築するか」ではなく、「そのAIは本当に誰のために構築されているのか」、そして「私たちは主体性を手放してAIを受け入れるのか、それともイノベーターとして受け入れるのか」という点だ。その答えはまだ出ていない。



