数百億円かけた旗艦モデルを、なぜ無償で配るのか
最先端級のモデルを1本学習させるには数億ドル(数百億円)かかる。そのモデルを丸ごと無償で配るのなら、気前がよいという以上の説明が要る。説明は市場での立ち位置にある。中国のAI開発企業が、中身を公開しないAIサービスを欧米企業へ売り込もうとすると、性能試験の数値がどれだけ高くても、信頼と調達手続きの壁にぶつかる。利用者にモデルそのものを渡さず、API経由の利用だけを売る市場は、中国勢にはほぼ閉ざされている。ならば合理的な手は、競合が商品として売っているモデルそのものを、値段のつかない汎用品に変えてしまうことだ。重みが無償で手に入るモデルは、どれだけ安値を仕掛けられても価格で負けようがない。そして無償公開が1件出るたびに、知能にいくら払うべきかという買い手の相場観が書き換わる。
無償で公開された最先端モデルは、適正な値段はいくらかを市場へ知らせる信号として働く。重みを無償で配る競合がいる以上、モデルを公開しない開発企業はどこも、自社が乗せている利幅の根拠を示さなければならなくなった。
重みの無償化は、すでに実際の製品の中で効き始めている。AIコーディングツールを手がけるCursor(カーソル)は、自社モデル「Composer」を用意している。そのComposerの土台は、Moonshot AI(ムーンショットAI)が公開した「Kimi K2.5」の学習済みデータだ。中国発の公開された重みを、米国企業が追加学習によって、最先端に迫るコーディング性能まで引き上げた形だ。先週、OpenAIがカーソルへの自社モデル提供を打ち切ると通告した件を本欄で取り上げたとおりである。中国企業の看板では入り込めない場所にも、重みだけは入り込んでいく。
他社モデルに利ざやを乗せて売る事業者に、しわ寄せが集まる
しわ寄せが向かうのは、利用者と直接つながる販路を自前で持たず、AIの性能に利ざやを乗せて売っている事業者だ。重みを公開せず、最上位でも最安でもない価格で売られてきたAPIは、10分の1の料金で使えるApacheライセンスのモデルと同じ土俵で戦うことになった。他社モデルに独自の指示文(システムプロンプト)を1枚かぶせただけで、それを主たる資産としてきたアプリ事業者は、仕入れ値と差別化要素が揃って落ちていくのを見ることになる。最先端の開発企業が優位を保てるのは、最先端であることが本当に効く領域、つまり性能の最上部だけだ。優位が残る最上部の範囲は、強力な公開モデルが1本出るたびに狭くなっていく。
モデルが安くなっても、計算資源の支出は減らない
無償化という戦略が手を出せない層が、計算資源である。重みが無償でも、動かすGPUは要る。GPUへ供給する電力も、機材を収めるラックも要る。しかも知能が安くなった結果、これまでのところ利用の総量はむしろ膨らみ、計算資源へ回る支出は縮んでいない。モデル自体の値段が崩れれば、資金が向かう先は、モデルを実際に使うための導入と運用、そして運用を支える設備になる。
無償化の効き目は、この秋のAPI価格と企業の導入先に表れる
ここから先、答え合わせの材料は商売の現場に出てくる。誰でも見られる性能ランキングにHy4が並んだ状態で、モデルを公開しない開発企業がこの秋にAPI価格を下げるかどうか。まずそこを見る。カーソルがそうしたように、土台に使ったモデル名を目立たない注記へ小さく記す形で、中国発の学習済みモデルを載せた欧米製品がさらに出てくるかどうか。次にそこを見る。そして、企業の調達部門がApacheライセンスと、利用者1人あたりで課金する契約とを並べて比べ始めたとき、試験導入がどちらに落ち着くか。最後にそこを見る。
価格を決める力は、配れない半導体と電力とデータセンターに残った
モデルという商品は、それ以外の売り方を選べない企業たちの手で、汎用品として値付けされつつある。配ることのできないもの、すなわち半導体と電力とデータセンター。価格を決める力は、配れない側へ移った。


