米国予防医学専門委員会は、心血管疾患とがんの一次予防という目的に限って、ビタミンやミネラルの補充を評価している。βカロテンとビタミンEは推奨しない。一方、マルチビタミンやその他の多くの栄養素は、利益と害の均衡を判断するには証拠が足りない。
「効かない」と「まだ分からない」は違う。
この区別は、規制を読むときにも必要である。2024年、米国では糖尿病のない成人を含む用途で、処方箋なしの持続血糖測定器が初めて市場に出ることを認められた。だが、それは正常血糖の人の健康寿命が延びると証明されたことを意味しない。
NMNは、さらに象徴的である。2022年、FDAは医薬品としての治験が先行していたことを理由に、サプリメントの定義から除外した。2025年9月、その判断を撤回した。しかし、変わったのはNMNが効くかどうかの評価ではない。医薬品先行原則をどう解釈し、サプリメントとして扱えるかという法的な位置づけだった。証拠が増えて戻ってきたわけではない。
同じ分子が、米国ではサプリメントの定義から排除されず、EUでは新規食品として認可手続の途上にあり、日本では食品関連法規の下で流通している。
さらに厄介なのは、良かれと思って足したものが、身体の適応を弱めうることだ。高用量の抗酸化サプリメントは、運動後の分子応答の一部を鈍らせることがある。筋力トレーニング直後の冷水浴を反復すれば、筋肥大を弱める可能性もある。
身体は、良いものを足し合わせれば最適になる機械ではない。
象徴的なのがグルテンフリーである。競技者910名を対象とした調査では、41%がグルテン制限を実践し、そのうち84%が「除去して改善した」と答えた。一方、セリアック病などを除外した競技サイクリスト13名の短期試験では、グルテン条件と対照条件の間に、消化管症状、炎症反応、競技成績の差は検出されなかった。自己申告で小麦やグルテンへの過敏を訴える人を対象にした別の試験では、群平均ではグルテンよりもフルクタンのほうが症状を強くしていた。
84%という体感は、おそらく嘘ではない。ただし、何が効いたのかは分からない。グルテンを抜くとき、加工食品も菓子も酒も同時に消えている。体感を否定する必要はない。だが、原因に早すぎる名前を与えてはならない。
これを笑い話にはできない。私たち自身の健康行動のほとんどが、同じ構造のなかにある。効いたのは何か。それを問える設計を持っているか。科学とは、体感を切り捨てることではない。体感を、検証できる問いへ変えることである。
助言は安くなる。時間は安くならない
ここまで見てきたトップ選手の優位の一部は、AIによって崩れるかもしれない。
負荷と回復のモニタリング、個人の反応に合わせた調整、栄養と睡眠の設計。専属チームが担ってきた仕事には、計算可能な部分が多く含まれる。それが手のひらに載るなら、「過不足のない栄養、適度な運動、十分な睡眠」は、初めて標語ではなく、一人ひとりの生活条件に合わせた具体になる。
期待するに足る。
ただし、現在の大規模言語モデルによる運動指導や睡眠コーチングの研究は、まだ短期的な実現可能性や助言内容の評価が中心である。長期の有効性と安全性は、ほとんど分かっていない。
科学の言葉に置き換えれば、いまこの領域は「効かない」の欄にあるのではない。「まだ判断できない」の欄にある。いわば、I statementの場所である。


