測る技術は、すでに降りてきた
エリートスポーツは、計測と回復の技術が、高負荷環境で早期に使われる場の一つである。ただし、その目的は競技成績であり、一般の人の長期的な健康とは一致しない。
それでも、スポーツで先行した身体の読み方は、すでに日常へ入り始めている。GPSによる活動量の把握、HRVを回復判断の一要素として使う試み、ウェアラブルによる睡眠と睡眠段階の推定、定期的な血液バイオマーカー。多くはスポーツが生み出した技術ではないが、スポーツは高い頻度で使い、個人の変化に合わせて判断する方法を磨いてきた。
そこで見ているのは、集団の基準値だけではない。昨日の自分、一カ月前の自分、同じ負荷を受けたときの自分との違いである。
従来の健康管理の中心は、血圧や血糖値といった疾患マーカーだった。異常を検出するための指標である。これからそこに、最大酸素摂取量や握力といった機能指標、身体組成、睡眠時間や休養感が並んでいくだろう。基準値からの逸脱だけでなく、自分自身の変化率を見る。年に一度の検診だけでなく、生活のなかで連続的に。
ただし、計測できること、正確に推定できること、その結果を使って生活を変えられること、そして健康が改善することは、それぞれ別である。
端末は「回復が足りない」と知らせることができる。だが、朝の会議を取り消すことはできない。人手不足を解消することも、夜間の介護や育児を代わることもできない。疲労を申告しても評価が下がらないと保証することもできない。
測る技術の民主化と、回復できる条件の民主化は、別の問題である。
そして計測は、使い方によっては反転する。能力を測る指標は、健康を支える道具にも、「働ける身体」を選別する尺度にもなりうる。本人のためのデータが、雇用や保険の査定へ使われる可能性もある。
誰が測り、何に使い、本人が測定や助言を拒めるのか。
休む権利を伴わない計測は、支援ではなく監視になる。
分からないことを、分からないまま扱う
では、何が確からしいのか。
公的ガイドラインが推奨していることは、驚くほど地味である。厚生労働省の身体活動・運動ガイドは、成人について、歩行またはそれ以上の強度の身体活動を1日60分以上(約8000歩以上)、筋力トレーニングを週2〜3日、そして座りっぱなしの時間が長くなりすぎないことを推奨している。睡眠ガイドは、個人差を踏まえながら成人で6時間以上を目安とし、時間だけでなく睡眠休養感を重視する。
注目したいのは、ガイドラインが自分の空白も記していることだ。筋力トレーニングの具体的な量、座位を中断することの長期的な効果、妊産婦や障害のある人への独自の推奨。信頼できる科学は、推奨だけでなく、まだ分からないことも明示する。


