キャリア・教育

2026.09.08 13:30

「救命艇状況」の世界

筆者は1970年代初頭に大学で学んだが、当時、人類の未来を考えるとき、深く心に刻まれた二つの論文があった。

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一つは、世界的シンクタンク「ローマクラブ」がMITのドネラ・メドウズらに委託して行った研究、『成長の限界』(1972年)である。これは、このまま世界全体の経済成長が続けば、(1)人口増加、(2)食糧不足、(3)エネルギー危機、(4)資源枯渇、(5)環境問題の五つの制約により、人類の経済成長は百年以内に限界に達するとの警鐘を発した論文である。

もう一つは、カリフォルニア大学のギャレット・ハーディン教授が発表した論文「救命艇の倫理」(1974年)である。これは、人類の状況を「船の遭難」に譬え、救命艇で救える人数に限界があるとき、すでに乗っている人々(経済先進国)を守るためには、波間から救助を求める人々(発展途上国)を見捨てることは正当化されるのではないか、との主張を突き付けた論文であり、当時、世界中で激しい批判や倫理的議論を巻き起こしたものである。

しかし、当時の筆者にとっては、前者は、「限られた地球資源を人類全体が生き延びられるよう、賢明に分かち合って使っていく」ことの大切さを教える論文であり、後者は、「そのことに失敗したとき、人類は、望まなくとも、途上国を見捨てることになる」という危機感を抱かせる論文であった。

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だが、あれから50年余りの世界の歩みを見ていると、『成長の限界』の警鐘は無視され、政治家も経済学者も、口を揃えて「経済成長」を語り続け、その成長に限界など無いかのような政策を続けている。そして、その結果、地球温暖化を止めることもできず、エネルギーと資源、食糧と水の争奪戦は激化し、人類全体が平和に共存することなど不可能な「臨界点」に突き進んでしまっている。

実際、この二つの論文から40年近く経った2010年頃、筆者は、ダボス会議(世界経済フォーラム)の専門家会議のメンバーとして、シンガポール国立大学で開催された「Inclusive Growth:包括的成長」をテーマとしたラウンドテーブルに出席したが、このとき、ある途上国の著名な教授が、「先進国の語る『地球規模での包括的成長』、すなわち、途上国も含めた世界全体の経済成長など欺瞞だ。実際には、途上国は切り捨てられている」と厳しく批判した。

この批判には内心、賛同を禁じ得なかったが、それでも先進国が、そうした“建前”を語っているうちは、まだ良かった。そこには多少なりとも途上国への配慮があったからである。しかし、現在の世界は「救命艇状況」の臨界点に近づきつつあり、世界の愚昧な政治リーダーは、“建前”などかなぐり捨て“本音”をあからさまに語るようになってきた。

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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