それは意外にも職人たちの手により、1着に約300の工程、約4時間をかけてつくられている。そして、マウンテンガイドや救助隊、プロのアスリートが着用する。彼らの水準を満たせば、今後、ほかの製品にも応用しやすい。実際に製品化のプロセスでは、プロフェッショナルがテストや評価に参加し、改良が重ねられた。
いざ寿命がきたとき、ジャケットはReBIRDで回収、分解され、生地部分はAquafil社のケミカルリサイクルによって再生ナイロンに生まれ変わる。
一方通行から、循環型へ。「アパレル業界における、つくればつくるほど環境を悪化させるというジレンマを脱し、事業成長と環境インパクトを切り離すことができました」とプランテ。ブランドにとって顧客が「単なる購入者から、私たちがつくった製品の預かり手・守り手になる」という彼女の言葉にも、サーキュラーの精神が表れていた。
山とともにある
7月下旬、バンクーバーで行われたプレスイベントには、同社がフィールドとするコーストマウンテンで地理学者による氷河融解に関するレクチャー、ノースショア山岳救助隊のプレゼンテーション、同社が“Live It”と呼ぶ山体験が組み込まれていた。
「山」との距離が近い。登壇したエグゼクティブは皆、スキーやクライミング、トレイルランの愛好家であり、チームビルディングとしてハイキングを行ったり、アウトドアのための休暇制度もあるという。
印象的だったのが、救助隊のプレゼンの最終ページ。「優れたギアは、その存在を消す」と締めくくられていた。嵐や雪のなかで山に入り、川や崖を歩くとき、ひとつのジッパーの操作性が悪ければ命取りになる。一般ユーザーがそんな過酷な状況に陥ることは稀だろうが、そうして極限を追い求めるところから生まれたイノベーションは、やがてより広い製品へと還元されていく。
アークテリクスには、「There’s always a better way.(必ず、もっといい方法がある)」という言葉があるとベーカーは言う。ようやく完成したSystem 0も、より良くしていく過程ということだろう。実際、プランテの先進コンセプトチームは2年前から2030年を見据えた新たなプロジェクトに取り組んでいるという。
時代の変化とともに企業が向き合うべき問題は変わるが、規模が大きくなるほどに、事業を根底から変えることは難しく、既存の枠組みのなかで解決策を探しがちだ。しかし、その前提を覆した先に大きな可能性が広がっている。ジャケット名の「スペーロ(Sperro)」は、ラテン語の「spero(希望)」に由来するという。5000人規模の企業がものづくりの前提を変えたという事実は、未来に向けた一つの希望にならないだろうか。


