企業が「完成する」ということはない。追求すべき目標や解くべき課題は常に存在する。外部に測定基準となるものがなければ、創業者は際限なく自らの事業に没頭し続けることになる。事業承継計画がしばしば失敗するのはここに原因がある。承継は、創業者がすでに退任を決めた後に取締役会が管理するガバナンスの問題として扱われることが多いが、本来はもっと早い段階で下されるべき個人的な決断なのだ。
私が自らの会社から退く数年前、スプレッドシートを前に「引退のための数字」を計算した。それは、二度と生活のために働かなくて済むと思える金額と、ワークライフバランスを変えたい年齢の目標を組み合わせたものだった。私がこの一歩を踏み出そうと思ったのは、父の存在があったからだ。父は生涯を通して懸命に働いたが、52歳で亡くなり、その努力の報酬を十分に味わうことができなかった。
この数字は、私にとって目指すべき目印となった。しかし、その数字に到達したときに安心して身を引くためには、自分がいなくても会社が円滑に回っている必要があると分かっていた。だから、それを実現することを目標に据えた。
退任は、自分がいなくても回る会社をつくることから始まる
会社から離れることは、自分なしで運営できる会社を築くことから始まる。私はどのような役職に就いていても、自分自身を不要な存在にすることを常に意図してきた。会社を一人芝居にはしたくなかったので、自分に足りない部分を埋め、自分にできないことを担ってくれる人材を周囲に集めた。優れたリーダーは自分に何が欠けているかを理解しているし、その理解を採用計画に活かしている。
同じ論理は人材以外にも当てはまる。従業員50人のときに機能していたやり方が、200人になれば通用しなくなるということを私は学んだ。頭の中にある非公式な知識ではスケールできない。だから私たちは反復可能な仕組みを構築した。単一の中央集権的なボトルネックではなく小規模で専任のチームを設け、各階層で責任を明確化し、特定の個人の記憶や人間関係に依存しないプロセスを整備した。
退くタイミングを知ることと、実際にそれに備えることは別
自分にとって「十分」とは何かを定義することが、事業承継計画の第一歩だ。それは数字であっても、タイムラインでも、マイルストーンでもよい。あるいは単に、退任を決意させるような譲れない条件(たとえば買収など)を認識することでもよい。その基準ができれば、タイムラインが定まり、意図的な引き継ぎを計画的に進められる。そして、その引き継ぎ自体にも計画が必要となる。
私は引退の数字に到達したとき、完全に退任したわけではなかった。会社を完全に離れるつもりはなかったので、別の立場で関与し続けることを選んだ。日々の責任を委譲したとしても、新たなプレッシャーを感じていた。それは、自分以上に事業を前進させられる適切な後継者を見つけるという重責だった。そのためには、次の成長段階に求められるスキル、それも自分自身が持ち合わせていないスキルについて、正直に向き合う必要があった。
意図的なアプローチをとることで、引き継ぎは慌ただしいものではなく、円滑なものになる。後継者はあなたから何を必要としているか。あなたはどの業務を手放す必要があるか。そして、自分がいなくても会社が前進する準備が整ったと確信できる条件は何か。これらの問いに誠実に答えれば、退任は自ずと形になる。
計画的な事業承継がもたらすもの
事業承継計画は、実際に役職から退くはるか以前から始まっている。退任までの数カ月、数年で行うすべてのことが、円滑な離任への道筋を築く。自分がいなくても機能する人材を採用し、自分がいなくても機能する仕組みやプロセスを導入し、最終的には自分がいなくても回る会社をつくること。これらのピースが揃えば、退任はずっと容易になる。
とはいえ、いつ身を引くべきかを知ることは、職業上の判断であると同時に、極めて個人的な決断でもある。人生には事業以上に大切なものがあり、自分自身や自分が築いた会社にとって役に立たなくなった時点で、しがみつく価値のある肩書きなど存在しない。今、自分の基準を定め、自分を替えのきく存在にするための努力をしよう。その瞬間が来たとき、あなたは準備ができているはずだ。



