データ保護がマーケティングチームの足かせになってはならない
ほとんどの組織が抱えているのは、データの問題ではない。データアクセスの問題だ。過去20年間にわたりマーケティングのプロフェッショナルとして活動してきた私は、企業が顧客データの収集に数百万ドルを投資しながら、プライバシーへの懸念から、ビジネス上の意思決定を改善し得る価値ある匿名化されたインサイトを自社チームが使用するのを意図せず妨げている様子を目にしてきた。
もちろん、機密情報を保護し、コンプライアンスを遵守するための予防措置は講じなければならない。しかし、実際には機密ではない情報まで保護することは、意図せぬ成長の障壁となり得る。組織は、「個人を特定する情報」と「パターンを明らかにする情報」を区別する方法を学ぶ必要がある。
個人を特定する情報を保護する
個人を特定できる情報(PII)やその他の極めて機密性の高いデータには、以下のような最高レベルの保護が必要だ。
• 顧客の氏名
• メールアドレス
• 電話番号
• 自宅の住所
• 社会保障番号
• 金融口座情報
• クレジットカード番号
• HIPAAで保護された医療記録
• 保険証の会員ID
• 従業員の人事記録
• パスワードおよびログイン資格情報
不可欠な情報を保護することは、顧客の信頼を維持し、プライバシー規制を遵守するための基本だ。誰もがこれらの資産を慎重に取り扱うべきである。
しかし、すべてのデータポイントが同じリスクを持つわけではない
私が多くの組織でよく目にする課題は、すべての情報に対して一律に同じ制限を課すべきだと考えてしまうことだ。私たちが収集しているビジネスインテリジェンスの多くは、匿名化または集計した上で、責任を持って共有することが可能だ。それには以下のようなものが含まれる。
• 郵便番号や市場ごとの地理的分布
• 地域ごとの購買トレンド
• 顧客生涯価値(LTV)のセグメント
• 商品カテゴリの好み
• 季節的な需要パターン
• キャンペーンの反応トレンド
• ウェブサイトのエンゲージメントパターン
• 店舗や支店の業績
• 匿名化されたオーディエンスセグメント
• 提供サービス(サービスライン)ごとの需要
これらのインサイトは、いずれも個人の特定を必要としない。単にどこに機会があるかを示すだけであり、このデータを使ってパターンを特定することができる。そしてそれは、個人を特定することよりもはるかに価値がある。
小さなインサイトが戦略全体を変える
私が出くわす最もシンプルな例のひとつが、地理データだ。私のチームは顧客の名前、電話番号、メールアドレスを必要としない。必要なのは、郵便番号ごとに顧客がどこに集中しているかを示すリストだけだ。そして、このひとつのインサイトが、メディアキャンペーンの計画と実施方法を完全に変える可能性がある。
市場全体に広告費を均等に分散させる代わりに、既存顧客が集中している場所を特定し、同様の特徴を持つアプローチ不足のエリアを見つけ出し、無駄なインプレッションを削減して、よりスマートに予算を配分することができる。
より良い「シグナル」がより良い意思決定を生む
同じ原則は、地理データ以外にも広く当てはまる。私が以前支援したある地方の金融サービス組織は、当初、インプレッション数やクリック数といった大まかなチャネル指標を用いてマーケティングのパフォーマンスを評価していた。一見すると、最も多くのインプレッションを獲得したチャネルが明らかな勝者であるかのように見えたが、データを分析するとまったく異なる事実が浮かび上がってきた。
予算をわずかしか消費していない、規模の小さな意欲の高い(ハイインテント)チャネルが、確度の高い見込み客を数倍の率でコンバージョンさせていたのだ。このインサイトによって、見かけ倒しの指標(虚栄の指標)への投資から、測定可能なビジネス成果への投資へとシフトした。顧客獲得コストは低下した。それは個々の顧客について詳しく知ったからではなく、パターン、すなわち「シグナル」を認識し理解したからである。
粒度が明瞭さを生み出す
私が目にしてきた最も価値あるインサイトのいくつかは、適切な詳細レベルでデータを分析することから生まれている。ヘルスケア分野はその好例だ。当然のことながら、医療機関は患者情報の保護に並々ならぬ配慮を払っている。しかし、匿名化された情報をサービスラインや地理ごとに適切にセグメント化すると、驚くべき新しいインサイトが浮かび上がる。
私たちが支援したある大手ヘルスケアシステムは、当初、マーケティングのパフォーマンスをシステム全体の合算数値として評価していた。しかし、匿名化・集計されたデータのみを使用して、個々のサービスラインごとにパフォーマンスを測定したところ、すべてが変わった。
一部の診療科では患者がすぐに受診を決断する傾向があったが、別の診療科では患者が受診するまでに数週間から数カ月のリサーチを要していた。同じ基準で測定すると、検討期間の長いサービスは効率が悪そうに見えたが、実際にはそうではなかった。それらは患者のジャーニーにおいて異なる役割を果たしていたのだ。このレベルの明瞭さが得られたことで、経営陣はすべてのキャンペーンに同じベンチマークを強いるのをやめ、患者が実際に医療の意思決定を行う方法に合わせて投資できるようになった。総投資額は同じでありながら、得られた成果は劇的に向上した。
大学のクライアントでも、学部ごとの匿名化された入学希望需要を分析したところ、同様の経験をした。クライアントは、どの学部が安定して質の高い興味・関心を集めているかをすぐに把握することができた。すべてのプログラムに一律にマーケティング予算を分配するのではなく、顕在化した需要に応じて投資することで、学生のプライバシーを損なうことなく効率性を向上させることができた。
AIが重要度を高める
AIに関する議論はテクノロジーに集中しがちだが、それは出発点として誤っている。AIの価値は、そこに投入される情報の質によって決まる。注意深さという名目のもとに有用な情報を制限する組織よりも、匿名化された運用のインサイトを適切に共有する組織のほうが、はるかに優れた推奨事項(レコメンデーション)を生成できる。AIが必要としているのは、より多くの個人情報ではなく、より優れたビジネスインテリジェンスだ。組織が匿名化されたインサイトを制限するとき、彼らはマーケティングチームの可能性を狭めているだけでなく、AIの力をも制限していることになる。
すべての経営チームが問うべき3つの質問
「マーケティングチームにこのデータを提供してよいか」と尋ねる代わりに、経営陣は以下の3つのより優れた質問を投げかけるべきだ。
1. この情報は個人を特定するものか、あるいは保護が必要な規制対象情報を含んでいるか。
2. この情報は、ビジネス価値を維持したまま、適切に匿名化または集計できるか。
3. 適切に共有された場合、これらのインサイトは組織がよりスマートな意思決定を下すのに役立つか。
こうした議論は、マーケティングチームだけで完結すべきではない。法務、プライバシー、セキュリティ、運用、アナリティクス、そしてエグゼクティブリーダーシップを交えるべきだ。目的はプライバシーの基準を下げることではない。組織が、学び、改善し、成長するための能力を意図せず制限してしまわないようにすることである。
プライバシーとパフォーマンスは相反する優先事項ではない
あまりにも多くの場合、プライバシーとパフォーマンスは相反する優先事項として扱われる。だが、そうではない。
今後10年間で他社を上回る成果を上げる組織は、必ずしも最も多くのデータを収集する組織ではない。個人を特定する情報を保護しながら、インサイトを適切に引き出す方法を理解している組織だ。
AIとビッグデータの時代がさらに進むなかで、競争優位性は、組織がすでに保有している情報に対して「より良い問い」を投げかけることから生まれる。
プライバシーは人々を保護する。インサイトはより良い意思決定を導く。これからの時代をリードする組織は、その両立方法を心得ている。



