自分を「語り手」にする
物語には語り手がいる。そして語り手は常に描写している場面から少しだけ外側に立っている。
心理学者たちは、このような位置の取り方を「自己距離化」と呼んで研究してきた。その研究の多くは米ミシガン大学のイーサン・クロスらの研究チームによるものだ。
学術誌『Social Science & Medicine』に2025年に掲載された研究では、辛い経験を観察者の視点から振り返ったり、一人称ではなく二人称や三人称で語ったりすると反すう思考が減り、感情的な反応が抑えられる傾向があることが示唆されている。
起きた出来事の詳細は変わらない。変わるのはその出来事への向き合い方だ。そして、その向き合い方によって振り返りが新たな気づきをもたらすのか、それとも同じ考えをただ繰り返すだけになるのかが決まるようだ。
これは、感情研究者が「認知的再評価」と呼ぶものとも重なる。認知的再評価とはある状況について抱く感情を抑え込もうとするのではなく、その状況に自分が与えている意味を変えることを意味する。再評価はこの分野において比較的裏付けがしっかりしている感情調節戦略の1つだ。
再解釈が好奇心旺盛な人の心を引きつける理由
知性との関係という点で、頭のいい人ほど危険な選択をするということではない。むしろ認知能力と一緒に備わりがちな要素と関係している。
学術誌『PNAS』に2023年に掲載された研究によると、主要な性格特性の中で測定された知能、とりわけ目新しさや未解決の疑問への欲求に関わる部分と最も一貫して関連しているのが「経験への開放性」だ。開放性が高い人や、研究者が「認知欲求」と呼ぶ特性が強い人は曖昧な状況に単に我慢しているわけではない。そうした状況を興味深いと感じており、これは本質的に異なる内的反応だ。
「ストーリーのためにやる」という言葉が形にしているのはまさにその思考の動きだ。ある瞬間について2つの解釈を同時に持ち、どちらか一方に偏らない。その状況が不快であると同時に、それが情報でもあるということを認識する。
再解釈の言葉が役に立たない場合も
捉え直しが効果を発揮するのは変えることのできない状況においてだ。学術誌『Affective Science』に2024年に掲載された、人々の日々の対処法を追跡した研究では、問題が本人のコントロール下にある場合、それを捉え直すよりも実際に問題に対処するほうが効果的であり、状況に合わない形での捉え直しは不快な気持ちにつながることが示された。解決可能な仕事や人間関係を「興味深い物語の一章」として扱うのは、表向きは聞こえのいい「回避」にすぎない。
距離を置くことにも似たような側面がある。何かを整理するために一歩引くことは有益だが、頻繁に距離を置きすぎて何も変わらなくなってしまうのは無関心に近い状態だ。そして、自分の人生を主として「素材」として扱っていると、人生を生きているという感覚が薄れてしまう可能性がある。
人の身に起こる出来事の大半は自分で選んだものではない。だが、そこからどのような物語を引き出すかは大部分が本人の選択によるものであり、その物語は最終的にその人が背負うものとなる。


