何十年もの間、ラグジュアリー旅行は、ファーストクラスの客室、5つ星ホテル、手厚い上質なサービスといった、目に見えるシグナルによって定義されてきた。
これらは今も重要だが、コリンソン・インターナショナル(Collinson International)のCEOであるクリストファー・エバンズは、別の資産がさらに価値を高めていると考えている。それは「時間」だ。
「真の超富裕層顧客にとって、時間は最も価値ある資産だ」とエバンズは筆者に語った。今、最も魅力的な旅行の特典は、単に旅を快適にすることではない。摩擦や不確実性、無駄な時間を排除することにこそ価値がある。
この変化は、空港、クレジットカード発行会社、ロイヤルティプログラムに影響を及ぼす。旅行者が時間を「ハック」する手助けをするブランドは、単なる取引上の割引を提供するブランドよりも強い感情的なつながりを築ける可能性がある。
時間こそが新たなステータスシンボル
従来の空港ラウンジは、旅行者に快適な待ち時間を提供するものだった。だが、次世代のプレミアムサービスは、待ち時間そのものを減らす、あるいはほぼなくすように設計されている。
たとえば、コリンソンの「プライオリティ・パス・プライベート(Priority Pass Private)」は、民間航空機を利用する旅行者に、プライベートターミナルのようなサービスへのアクセスを提供する。空港によって異なるが、専用のターミナル入り口、専用の保安検査、VIPラウンジ、そして航空機への直接送迎などが体験に含まれる。
エバンズは最近、ウィーンでこのサービスを体験した。彼はラウンジから搭乗ゲートまで車で送迎された後、搭乗までの待ち時間は約45秒だったという。
「プライベートジェットを使わずに、プライベートジェットのような体験を作り出しているのだ」とエバンズは語る。
この違いは重要だ。消費者は必ずしもプライベート機の費用を払いたいわけではないし、払えるとも限らない。しかし、プライベート航空に伴う最大の価値、すなわち「自分の時間をコントロールできる」という便益には対価を支払う可能性がある。
「ファストトラック(優先動線)」サービスは、そのメリットをより広く利用しやすい形で提供できる。コリンソンの調査によると、回答した旅行者の73%がファストトラックを肯定的に捉えている。その魅力は明らかだ。旅行需要の増加が空港のインフラを圧迫するなか、予測可能性がプレミアムな価値を持つようになる。
旅の始まりが全体の体験を左右する
時間の節約は方程式の一部にすぎない。ストレスを減らすことは、旅行者がその後の旅をどう体験するかを向上させることにもつながる。
エバンズによると、コリンソンの調査では、旅の始まりに休息し、緊張をほぐすことができるかどうかが、その後の楽しさに影響することが示されている。空港での混沌とした体験は、旅行者が飛行機に乗り込んだからといって必ずしも終わるわけではない。そのストレスは、休暇の最初の数時間、あるいは数日間にまで引きずられる可能性がある。
「旅の始まりが非常にストレスフルで、プレッシャーに満ち、不快な体験であれば、旅行体験全体の楽しみに連鎖的な影響を及ぼす」とエバンズは指摘する。
このことは、なぜラウンジアクセスがプレミアムクレジットカードの中心的な特典になっているのかを説明するのに役立つ。エバンズが引用した調査によると、ラウンジアクセスなどの旅行特典を持つ顧客の68%がそのカードを他人に勧めると回答したのに対し、そのような特典を持たない顧客では約30%にとどまった。さらに、プライオリティ・パスのアクセス権が廃止された場合、64%がカード会社の変更を検討すると回答している。
ロイヤルティプログラムにとっての教訓は、体験型の特典はポイントだけよりも強い愛着を生み出し得るということだ。消費者はリワード通貨の正確な価値を思い出すのに苦労するかもしれないが、長い保安検査の列を回避させてくれたブランドや、遅延時に家族に静かな場所を提供してくれたブランドのことは記憶に残る。
消費者は「トラベル・マキシング」を行っている
エバンズはまた、旅行者が1回ごとの旅行からできるだけ多くの価値と体験を引き出そうとする「トラベル・マキシング(travel maxing)」の台頭についても説明した。
1つの目的地を訪れて帰宅するのではなく、消費者はますます立ち寄り先を追加し、地域文化を探訪し、休暇をコンサート、スポーツイベント、ウェルネス体験と組み合わせるようになっている。
Collinsonの調査によると、スポーツは調査対象となった旅行者の最大20%の旅行判断に影響を及ぼしており、ウェルネスは旅行の最大40%に関与している。音楽もまた、特にチケット不足がファンに地元市場を越えた移動を促す場合、有意な旅行のきっかけになりつつある。
エバンズは、消費者がパンデミックを経て、モノよりも体験を重視するようになったと考えている。ロックダウン中に購入したテレビや家具、運動器具などは、かつての魅力を失ってしまったかもしれない。しかし、旅行は家族や友人とのかけがえのない瞬間を創造し続けている。
これは、ロイヤルティブランドにとって、航空便やホテルの客室を超えてサービスを拡大する好機となる。エバンズは、スポーツイベントや音楽フェスティバル、その他のライフスタイル分野の目的地において、より多くのプレミアムなラウンジ型体験が登場すると予想している。コリンソンはすでに、F1レースやゴルフトーナメント、オリンピックなどで一時的なラウンジ体験を提供し、クライアントをサポートしている。
パーソナライゼーションはデジタルとリアルの世界をつなぐ必要がある
旅行プログラムが特典を増やすにつれて、別の課題も生じている。選択肢が多すぎることだ。ラウンジ、レストラン、スリープポッド、空港のアメニティなどの長いリストは、旅行者が自分に合った選択肢を素早く判断できなければ、その価値は限られてしまう。
コリンソンは、旅行情報とよりパーソナライズされた推奨事項を結びつけるデジタルロードマップに投資している。これには、旅行者にラウンジの混雑状況を知らせたり、事前予約機能を提供したり、旅行者の日程に基づいて最適な体験を提案したりすることが含まれる。
エバンズはその目的を、「旅の一部として、デジタル体験と物理的な体験をエンドツーエンドでシームレスに組み合わせること」と表現した。
物理的な体験そのものも、より多様化している。プライオリティ・パスは現在、世界で1900を超えるラウンジと体験を網羅しており、従来型のラウンジからスリープポッド、スパ、ゲーミングスペース、さらには日本の空港滑走路を望む温泉まで含まれる。
とはいえ、規模の拡大が画一化につながってはならない。エバンズによれば、旅行者は、地元のアート、デザイン、食、ワインを通じて目的地を反映したラウンジをますます好むようになっている。最も優れた体験は、標準化されたものではなく、丁寧にキュレーションされたものに感じられる。
旅行およびロイヤルティブランドにとってのより大きな教訓はシンプルだ。プレミアム消費者は必ずしもより多くのモノを必要としているわけではない。彼らが求めるのは、より少ない摩擦、より少ないストレス、そしてより大きなコントロールだ。この環境において、究極のラグジュアリーはブランドが旅行者に「与えるもの」ではないのかもしれない。それは、ブランドが旅行者に「取り戻してくれる時間」なのかもしれない。



