NEWS 「Forbes Store」オープン! FRAGMENTコラボも展開

サイエンス

2026.09.05 18:00

山中伸弥氏のiPS細胞技術と酷似、ベニクラゲが持つ老化逆転の仕組み

仮画像です

答えは、クラゲの遺伝子の中にある?

こうした逆転現象の細胞レベルにおける仕組みは、長いあいだ、ほとんど解明されないままだった。その状況を大きく変えたのが、2022年に『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』で発表されたゲノム研究だ。

advertisement

この研究では、チチュウカイベニクラゲと、不老不死ではないベニクラゲ属の近縁種(T.rubra)との全ゲノム比較の完全な結果が初めて示された。T.rubraは、チチュウカイベニクラゲとほとんどそっくりだが、若返りはできない種だ。

この2種のゲノムの違いは極めて明確だった。チチュウカイベニクラゲでは、DNAの修復や保護に関わる遺伝子の数が、T.rubraのほぼ2倍だったのだ。また、染色体の末端にある構造「テロメア」が細胞分裂ごとにすり減るのを防ぐ「テロメア維持(telomere maintenance)」を制御する遺伝子群の大幅な増加も見られた(こうしたテロメアの摩耗は、ほとんどの生き物にとって、細胞レベルで進行する「老化」の核心にある)。

幹細胞の数や、レドックス(redox:酸化還元)のバランス、細胞間コミュニケーションを制御する遺伝子群も、数が大きく増えているか、特有の進化を遂げていた。さらに、トランスクリプトーム(遺伝子発現)解析データにより、生活環の逆転のさなかには、劇的な現象が起きていることが明らかになった。つまり、成体で活性化していた遺伝子の働きが弱まり、一方で、ポリプ段階で発現していた発生遺伝子が再活性化されたのだ──まるでゲノムが、以前のセーブポイントから復元を実行しているかのように。

advertisement

この知見は、チチュウカイベニクラゲが、まさにこの類いの細胞リセットのための統合されたゲノムツールキットを備えていることを物語っている。このツールキットは、長い年月をかけて進化によって構築されたものだ。

それ以前のトランスクリプトーム解析研究でも、このツールキットの内容に関する手がかりはすでに得られていた。そちらの研究では、チチュウカイベニクラゲの生活環の主要段階における遺伝子発現を分析したところ、一群の初期化(リプログラミング)因子の活性が高まっていることが確かめられた。これらの因子は、生物学者には、まったく違うコンテキストでよく知られているものと深く関連している。つまり、山中伸弥氏が成熟した細胞を初期化して人工多能性幹細胞(iPS細胞)に変える際に用いた「山中因子」と呼ばれる転写因子――Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc――のことだ(山中氏はこの功績により2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した)。

チチュウカイベニクラゲは、自らの細胞を初期化する際に、山中因子と類似した機能を持つ遺伝子群を制御する独自の分子戦略を利用しているようだ。この事実は、「脱分化(dedifferentiation:成熟した細胞が機能を失い、より未熟で幹細胞のような状態に戻る)」能力が、これまでの認識よりもはるかに古いものとして、動物の生にしっかり保存されている可能性を示唆している。他のほとんどの系統がその能力を失ってしまったのに対し、チチュウカイベニクラゲはそのまま維持し、磨きをかけたように見える。 

次ページ > 細胞老化を逆転させることはできるのか?

翻訳=ガリレオ

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事