2010年、米国はサッカーのFIFAワールドカップ開催に立候補したが、他国による政治的な駆け引きの末に2022年大会の開催権を逃し、最終的にカタールが招致を勝ち取った。
これが湾岸地域のサッカー勢力としての台頭の始まりであり、現在ではカタール航空やサウジアラビア国営の石油・ガス企業アラムコがFIFAスポンサーとして名を連ね、後者はさらに2034年大会の開催国となる。
地理の力──この場合、地域が有する化石燃料の富という物理的な力──は、いまや世界サッカーの統括団体とその意思決定に対する大きな影響要因として広く認識されている。
サッカーに対する米国の影響力
とはいえ、米国の魅力が失われたことはなかった。実際、2010年の決定後、サッカー界の多くの関係者は、代表チームによるサッカー最大のイベントを米国がいずれ開催することになると感じていた。その見方は、2018年に米国の招致成功が発表されたことで裏づけられた。
地理的観点からも、米国でのメガイベント開催が極めて収益性が高いものになることは予測できた。米国は世界最大の国内スポーツ市場であり、消費者は世界でも有数の洗練度を備え、提供側は市場原理と収益性に突き動かされているからだ。
実際その通りとなり、今夏の大会は史上最も商業的・財政的に成功した大会となった。その系譜はニューヨークのウォール街からカリフォルニアのシリコンバレーにまで及ぶ。
自由市場経済と収益創出を前提とし、デジタル技術によって可能になったFIFAのダイナミック・プライシングによるチケット価格戦略の導入は、その好例である。
統括団体の米国志向はすでに予兆されており、財務部門と法務部門を、現在世界屈指のダイナミックなスポーツ集積地であるマイアミへ移転していた。
プライベート・エクイティ構想がガバナンスへの懸念を増幅
この流れは、ワールドカップ閉幕後の数週間で加速した。FIFA会長ジャンニ・インファンティーノ氏が、ワールドカップの一部持分をクシュナー家の一員を含むプライベート・エクイティ投資家に売却する計画を発表したためだ。
数字によれば、この取引で42億ドル(約6710億円)が調達され、FIFAが211の加盟協会への支払いを増やせるようになる。例えばアフリカ諸国への財政配分は、2027年から2038年の間に21億6000万ドル(約3450億円)にのぼると予測されている。
歴代のFIFA会長は、会長選挙においてアフリカ諸国が大きな影響力を持っていることをかねてより熟知していた。そのため、歴代会長の数人は日常的に、しばしば金銭的な誘因を通じてアフリカの支持を取り付けてきた。実際、インファンティーノ氏は2027年に会長選挙を控えている。
FIFA会長が政治的支持を得るために財政配分を利用することへの懸念は、数十年にわたって組織を悩ませてきた問題であり、そのガバナンスをめぐる議論も長引いてきた。
インファンティーノ氏のプライベート・エクイティ計画はこの議論を再燃させ、アジアサッカー連盟(AFC)、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)、欧州サッカー連盟(UEFA)の3大陸連盟が、同氏が「欺瞞によって」信頼を裏切り、「〔サッカーの〕インテグリティ、そしてそれを率いるために選ばれた者たちのインテグリティ」を根本から損なったと非難する事態となった。
グローバル・ノースとグローバル・サウスの問題か?
だが、インファンティーノ氏の提案に対する反応の地理的分布は、明確なグローバル・ノースとグローバル・サウスの分断を浮き彫りにする。イングランド、ドイツ、ノルウェーなどの国々が会長への支持を撤回する一方で、レバノン、ニカラグア、スーダンなどは公然と支持を表明している。
この鋭い対立は、単一のFIFAの取り組みや会長個人、あるいはその活動に対する懸念をはるかに超える意味を持っており、最終的にインファンティーノ氏を退陣させようとする者にとって重大な課題となる。
グローバル・サウスの国々は、一般に1人当たり所得が低・中所得の水準にあると特徴づけられる。歴史的には旧植民地であり、その経済システムは搾取によって形づくられた。そしてFIFAの文脈で重要なのは、これらの国々がグローバル・ガバナンスにおいてしばしば過小代表となっていることだ。
そのため、これらの国々の間には、ヨーロッパ人を傲慢で自己中心的、さらには新植民地主義的と見る傾向があり、彼らが自らの権力的地位を少なくとも維持、あるいは強化しようとしていると受け止められている。
サッカーにおけるそうした権力は根強く残っている。ヨーロッパは1世紀以上にわたりサッカー界のガバナンスの本拠地であり、近年では最も収益性の高い市場でもある。主要なステークホルダーたちは、変化する世界とダイナミックな市場において、自らの地位を確固たるものにしようと躍起になっているように見える。
焦点となるグローバル・ガバナンス
少なくとも、グローバル・サウスの一部からはしばしばそう見られている。ただし、ヨーロッパで設立され、ヨーロッパに拠点を置き、スイス系イタリア人が率いる統括団体が彼らの懸念への「答え」となっているのは、いささか皮肉である。そこには両者の間の政治的な相互依存が示唆されている。
だが、この地理的な二項対立は単に歴史、政治、経済の問題ではなく、価値観の問題でもある。多くのヨーロッパ人は、インファンティーノ氏のガバナンス手法の権威主義的で協議なき性質を疑問視している。
しかし、これは一部の国々では、他の国々ほど大きな懸念ではないのかもしれない。特に経済格差の問題が深刻な国ではなおさらである。
World Economic Researchによるグローバル・ガバナンスのランキングでは、イングランド、ドイツ、ノルウェーはいずれもA評価であるのに対し、レバノン、ニカラグア、スーダンなどは最低ランクのDまたはE評価となっている。
これは、インファンティーノ氏とFIFAが基準の違いを利用しようとしたか、あるいはヨーロッパ人と米国人が、とりわけ自らにとって受け入れがたい脅威に直面したときに、再びサッカーの覇権を押しつけようとしているかのいずれかを示唆している。
いずれにせよ、一つの結論として言えるのは、FIFAの現在の苦境は1人の男のビジョンだけの問題にとどまらず、経済的・政治的な力、そしてガバナンスへのアプローチが鋭く乖離する多極化しつつも分極化し、不協和音に満ちた世界のなかで統治に苦しむ組織の問題だということだ。
言い換えれば、地理は重要なのだ。したがって、2027年の次期FIFA会長選でインファンティーノ氏に挑もうとするなら、同氏を退けるには特別な人物──融和的で、革新的で、変革的なアジェンダを掲げる者──が必要となる。



