仕事について最も役に立つ会話の中には、実際にはその仕事を手伝うことができない人との間で交わされるものがある。
そうした人たちはあなたのチームの一員ではない。あなたの上司の部下でもなく、あらゆる略語を理解しているわけでもなければ、あなたが1週間ずっとかかりきりになっていたプロジェクトの経緯を知っているわけでもない。その人たちは別の組織で働いていたり、全く異なる職業に就いていたりするかもしれない。それでも、あなたが厄介なクライアントや駆け引きのある会議、あるいは3日間ずっと頭から離れなかった決断について話すと彼らはほぼ即座に理解する。
そうした人たちは別の企業の幹部、学者、あるいは弁護士かもしれない。仕事内容は違っていても、感じるプレッシャーは不思議なほど似ている。十分な情報がないまま決断を下すこと、相反する期待を調整すること、扱いにくい人たちに対処すること、そして時には「ほかの人たちは、自分よりずっと簡単にこれをこなしているのではないか」と思うことがどんなものかを知っているのだ。
私たちは仕事上の人間関係を有用性という観点から考えがちだ。誰がアドバイスしてくれるか、人を紹介できるのは誰か、この問題について自分より詳しいのは誰かーー。だが、それと同じくらい価値があるかもしれない、もう1つの種類の人間関係がある。プレッシャーを理解しつつも、そこに巻き込まれるほど詳しくない人が必要なこともある。
自分の仕事について話すのに最適な相手は、時としてあなたの仕事についてほとんど何も知らない人かもしれない。
距離があるからこそ役に立つことも
仕事で何か問題が起きたとき、相談する相手として真っ先に思い浮かぶのはたいてい身近にいる人だ。同僚なら関係する人たちの性格を理解しており、組織の変遷も知っている。そして、一見何という事のないメールがなぜ突然きわめて重要な意味を持つようになったのかも理解できる。
そうした背景の情報は役に立つ。しかし同時に不利に働くこともある。
同じ仕組みにいる人たちは同じ前提を共有していることが多い。ある幹部が「いつもそういう人」であること、あるプロセスは変更できないとされていること、長年続いてきた慣行に異議を唱えることは社内政治的に難しいことを知っている。そのため、そうした人たちの助言は問題を生み出したのと同じ環境によって制約を受けることがある。
その環境の外にいる人は異なる視点を持っている。こうした人たちは当然のものとして受け入れるべき前提を知らない。
社会的なつながりに関する研究では、異なるグループに属する人とつながっていることで新しい情報や視点が得られるようになることが以前から示されている。こうした「架け橋となるつながり」はイノベーションやキャリア上のチャンスに役立つものとして考えられることが多いが、日常的な問題の捉え方にも変化をもたらし得る。社外の人は社内の誰もがその背後にある前提に気づかなくなっていたがゆえに、誰も思い至らなかった拍子抜けするほど単純な質問を投げかけることがある。
異なるグループに属する人はあなたの仕事を理解していないかもしれない。
だからこそ、その人との会話が役に立つのだ。



