AIの進化が、企業に業務やビジネスモデルの見直しを迫る。その鍵を握るのは、社内に眠るデータだ。第一ライフグループG-CIO兼G-CDOスティーブン・バーナムと、ドキュサイン・ジャパン吉田浩生が語る、CxOが向き合うべきデータ×AI活用。そこで浮かび上がったのは“契約”の重要性だった。
2026年4月、第一生命ホールディングスは「株式会社第一ライフグループ」へと社名を変更した。伝統的な生命保険会社の枠を超え、顧客のWell-beingを支える「保険サービス業」への変革を進めている。
この変革の技術面を統括するG-CIO兼G-CDOスティーブン・バーナム(写真左。以下、バーナム)は、グローバル金融機関でテクノロジー部門を率いてきた経験を持つ。ドキュサイン・ジャパン カントリーマネージャーの吉田浩生(写真右。以下、吉田)が、その変革構想の核心に迫った。
AIを“民主化”する組織のつくりかた
吉田:第一ライフグループは2030年に向け、大規模なデジタル投資を進めています。G-CIO兼G-CDOとして、テクノロジーをどのような役割に位置づけていますか。
バーナム:私たちの目的は、単に保険金をお支払いすることではありません。お客様の人生に寄り添い、より健康で、安心で、経済的にも自立した生活を送っていただくこと。テクノロジーとAIでそれを実現するのが私のミッションです。
今後は保険だけでなく、資産運用やウェルビーイングまで含めたサービスを、データとAIでパーソナライズしながら提供していく。AIは我々にとって大きなチャンスだと捉えています。
吉田:御社は「お客さま満足度」「従業員満足度」「商品・サービスの革新性」「企業価値」の4領域で国内No.1を掲げています。なかでも従業員満足度は、仕組みとして設計しなければ実現しない難しいテーマですね。
バーナム:そこで私たちは「AIの民主化」をキーフレーズに掲げています。AIは技術部門だけのものではなく、すべての従業員のためのものです。全員がAIを使いこなし業務に生かせるよう、教育とトレーニングに投資しています。
インドに設けたグローバル・ケイパビリティ・センター(GCC)も、専門人材を育成しながら全社のデジタル能力を底上げするための拠点です。
ただし、ただツールを渡すだけでは足りません。厳格なAIガバナンスを敷き、お客様のデータを安全に扱うことで信頼を維持する。AIの民主化とは、イノベーションの自由と信頼の維持を両立させることなのです。
吉田:本当に変革が進んでいる企業には共通点があります。経営陣自らがデジタル活用を率先し、その姿勢を組織に浸透させていること。第一ライフグループはまさにその典型です。
バーナム:当社では「AI Pioneer」というコミュニティを立ち上げ、メンバーが現場でAI活用事例を共有しています。私自身もグローバル経営会議でAIアバターを使い、6カ国語でプレゼンを行いました。ベトナム語、ヒンディー語、ビルマ語─まるで私が話しているかのように見える。「経営陣がここまでやるなら自分も試そう」と思ってもらうのが狙いです。役員がAIでポッドキャストをつくり、難しい議題をカジュアルに伝える取り組みも広がっています。
吉田:金融業界は長期にわたりお客様の機微な情報を預かります。AI時代の業界ならではの課題をどうとらえていますか。
バーナム:課題というよりも、慎重に議論しアプローチすべきテーマだと考えています。我々が目指すのは、保険会社としての信頼とAIを使いこなすテクノロジー企業としての能力の融合です。お客様の利益のためにデータを責任ある形で使う「デジタルトラスト」が、すべての前提になります。
吉田:そのうえで、保険会社に残る膨大な紙のプロセスをAIでどう変えていくのでしょうか。
バーナム:紙のプロセスを単に自動化しても、効率性はそれほど改善しません。AIは既存プロセスの自動化ではなく、ビジネスを根本から再構想するためのものです。私たちはこれを「Reimagine the Business」と呼んでいます。場合によっては、紙を前提としたプロセスそのものを見直すことも意味します。プロセスを見直さないままAIを導入すれば、非効率なやり方をただ速くするだけに終わります。長年続いてきたプロセスの自動化ではなく、AI駆動型のビジネスに向けて根本から問い直す。それが我々にとっての「Reimagination」です。
保険は“契約の束”で動く
見落とされがちなデータ資産
バーナム:現在、全社のあらゆるデータを「カンパニーインテリジェンス」として蓄積しようとしています。顧客情報や商品情報だけではなく、営業担当者がどうお客様のニーズを理解し商品を提案しているか。紙に書かれた情報も含め、AIツールを通じて、必要な人が必要なデータにアクセスし活用できるようにしたい。
吉田:非常に示唆に富むお話です。あらゆるデータを蓄積し活用していくうえで、その中核となるのが「契約」に紐づくデータではないでしょうか。新契約、保全、支払い、再保険──すべての業務が契約という約束に基づいて動いている。そしてこの構造は保険業に限らない。あらゆる企業に何千本もの契約が存在し、そこに経営を左右する情報が眠っています。
にもかかわらず多くの企業は契約を「法務部門のコスト」ととらえ、「経営のデータ資産」として活用できていない。ここにCxOが向き合うべき盲点があります。
バーナム:実際に、長年、紙やPDFで保管されてきた非構造化データには、契約に紐づく情報が大量に含まれています。特にAI活用のインパクトが大きいのは、保険金支払いにかかわる診断書や事故報告書など。これを構造化しAIが読める形にすることで、意思決定のスピードと品質は大きく向上していくでしょう。保険会社の信頼と、AIテクノロジー企業の能力を融合させる──それが我々の目指す姿です。
吉田:私たちドキュサインが提唱する「インテリジェント契約管理(Docusign IAM)」は、まさに契約領域で「Reimagination」を実現するアプローチです。すべての契約データを横断検索可能にし、AIがリスク判定とレコメンドを行える状態を目指す。例えば損害賠償条項を検索すれば過去の全契約から該当箇所が即座に出てきて、AIがリスクレベルに応じた対応策を提示する。バックオフィスの非構造化データを構造化しフロントエンドに供給する──顧客体験を裏側から支える黒子が我々の役割です。
バーナム:AIは既存業務を効率化するためだけのものではなく、ビジネスや働き方そのものを再構想するものです。紙のプロセスを排除し、お客様がより楽しみながら商品を選べる体験を実現する──カスタマーエクスペリエンスは根本的に変わると信じています。
CxOに、今問われていること
技術を入れる前に、まず問うべきは業務の設計そのものである。両者に共通するのは、AIを主役にせず、業務の再設計を主役に据えるという発想だ。バーナムは「戦略的意思決定と、人にしかできないお客さまへの価値提供に人のリソースを集中させる。AIはそのために存在する」とも語った。
CxOにとって、自社の契約データは経営の意思決定に使える状態か。その問いが、AI時代のデータ戦略の出発点になるだろう。
ドキュサイン・ジャパン
https://www.docusign.com/ja-jp
スティーブン・バーナム◎第一ライフグループ 専務執行役員 Group Chief Information Officer兼 Group Chief Digital Officer。イギリス出身。モルガン・スタンレー証券東京、野村證券、スタンダードチャータード銀行中国、メットライフ生命保険など、グローバル金融機関でテクノロジー部門を長年率いる。2023年、第一生命ホールディングス(現・第一ライフグループ)に招聘され、専務執行役員CIO兼CDOに就任。
吉田浩生◎ドキュサイン・ジャパン カントリーマネージャー。1990年に日本アイ・ビー・エム入社。以降、SAPジャパンプレミアカスタマー担当バイスプレジデント、インフォマティカ・ジャパン代表取締役社長を歴任。直近はグーグル・クラウド・ジャパン営業事業本部 上級執行役員として日本市場のビジネス拡大を牽引。2026年6月、現職に就任。



