歴史上、あるいは職場における偉大なインフルエンサー(他者に強い影響を与える人)を思い浮かべてみてほしい。彼らに共通しているものは何だろうか。
1つには、人々にこれまでとは違う選択をするよう促す力がある。そして、エネルギーを生み出す。
南アフリカ共和国の新たな大統領に選出されたネルソン・マンデラは、途方もない課題に直面していた。数十年間に及ぶアパルトヘイト(人種隔離政策)と国際的な制裁によって弱体化した国を、いかにして統一し、再建するかという課題だ。マンデラの大統領1期目を描いた実話に基づく映画『インビクタス/負けざる者たち』では、彼がラグビーの南アフリカ代表チーム「スプリングボクス」をめぐり、物議を醸す決断を下す様子が描かれている。スポーツ担当の副大臣が、スプリングボクスの廃止を決議したばかりの大人数の集会に出席していることを知ったマンデラは、すぐさまその会場へと急行する。人々はスプリングボクスをアパルトヘイトの遺物と見なしていたが、マンデラはチームを国を1つにするための強力な象徴と捉えていた。
マンデラは群衆に語りかける。「兄弟、姉妹、そして同志のみなさん。私がここに来たのは、みなさんが十分な情報と先見性を持たずに決定を下してしまったと信じるからだ。先ほど採決が行われたことは知っている。それが満場一致であったことも知っている」
人々は懐疑的でありながらも、耳を傾けている。
マンデラはどのようにして群衆の心を動かそうとしているのだろうか。彼はスピーチの最初の数秒間で、ダニエル・カーネマンがシステム1と呼ぶ、脳の素早く直感的な自動操縦システムを起動させている。優れたインフルエンサーは、まずシステム1のモードで相手とつながる。素早く働くシステム1は、呼吸のようなものだ。常に作動しており自動的であるため、いつでも働きかけることができる。
システム1:直感に訴えかける
システム1は直感に基づいて働く。これには「象徴(シンボル)」が大きな役割を果たす。マンデラはその生涯の歩みを通じて、ビジョン、勇気、共感を象徴している。優れたインフルエンサーは、自らのメッセージを体現しているものだ。
また、彼は「私はここにいる」と言う。人を動かすインフルエンサーは、この瞬間に完全に意識を集中させている。自分が「今、ここ」に存在することで、他者も同じようにその瞬間に集中させることができる。意識を今に集中させることで、古い固定観念を洗い流すことができるのだ。今この瞬間に身を置くことで、新しい気づきが生まれる。
さらに彼は、別の方法でも人々のシステム1に訴えかけている。彼は「兄弟、姉妹、そして同志のみなさん」と呼びかけ、「満場一致であったことも知っている」と伝えることで、彼らの立場を理解していることを示す。優れたインフルエンサーは共感する。人は、自分が理解されていると感じたいものだ。理解されていると感じることは、安全だと感じることに等しい。自分を理解してくれていると感じる相手に対して、私たちは安心感を抱きやすい。
影響を与えるには、システム1を働かせることが欠かせない。なぜなら、システム1は常にバックグラウンドで稼働しており、私たちが意識するしないにかかわらず、素早く結論を導き出し続けているからだ。人を動かす達人は、自らの存在感、生き様、そして共感によって、まずシステム1に働きかける。そして多くの場合、象徴的なストーリーを共有することで、システム1の関心を確固たるものにする。
「それでもなお、私はスプリングボクスを復活させるべきだと信じている。チーム名、エンブレム、そしてユニフォームの色をすぐに元に戻すべきだ。その理由を説明させてほしい。ロベン島でも、ポルスムア刑務所でも、私の看守は全員アフリカーナー(白人入植者の子孫)だった。私は27年間、彼らを観察し続けた。彼らの言葉を学び、本や詩を読んだ。敵に勝つためには、まず相手を知らねばならなかったからだ。そして私たちは勝利した、そうではないか?」
マンデラは、システム1が容易に理解できる言葉を使って情景を描き出す。エンブレム、刑務所、看守、27年間、敵を知る、勝利する、といった言葉だ。マンデラは、深い意味を象徴する言葉を用いて、システム1の注意を引きつける。
「インフルエンス(影響)」という言葉は、ラテン語の「中に(in)」と「流れる(fluere)」に由来する。優れたインフルエンサーは、強力なシンボルを使うことで、新たな「流れ」を巻き起こすのだ。
システム2:思考の怠惰を克服する
マンデラは象徴やインスピレーションを与えるだけで終わらない。彼には達成すべき明確なタスクがある。人々に投票結果を覆してもらうことだ。これには論理が必要となる。論理的な思考は直感よりもはるかに遅い思考プロセスであり、努力と動機付けを必要とする。カーネマンはこれをシステム2と呼ぶ。カーネマンは、システム2を「怠け者」と表現している。なぜなら、自動操縦に任せていると、私たちはあえてエネルギーを使って深く考えようとはしないからだ。
マンデラは、人々の直感に訴えかけることで、考えるための動機を生み出した。これによって、人々はこの問題に思考のエネルギーを注ぐ準備が整ったのだ。
「私たちの敵はもはやアフリカーナーではない。彼らは私たちの同胞であり、民主主義におけるパートナーだ。そして彼らはスプリングボクスのラグビーを何よりも大切にしている。もし私たちがそれを奪ってしまえば、彼らの信頼を失うことになる。私たちが彼らの恐れていた通りの存在であることを証明してしまうのだ。私たちはそれ以上の存在でなければならない。思いやり、自制、そして寛大さをもって、彼らを驚かせようではないか」
優れたインフルエンサーは論理を用いる。「相手が大切にしているものを奪ってはならない」という論理だ。また、彼らは異なる視点を提示する。もし現状維持のままであれば「彼らを失う」ことになり、これまでとは違う行動をとることで、より高い志に訴えかける。「思いやり、自制、そして寛大さをもって、彼らを驚かせよう」と促すのだ。
マンデラは、次のような懇願でスピーチを締めくくる。「今は、ちっぽけな復讐劇に酔いしれている時ではない。今こそ、手に入るすべてのレンガを使って国を築き上げる時だ。たとえそのレンガが、緑と金色(スプリングボクスのチームカラー)に包まれていようとも」
スピーチの数分後、集会は再投票を行った。そして、彼らはスプリングボクスを復活させることを決定した。結果として、これは素晴らしい一手となった。アフリカーナーをなだめただけでなく、チームは黒人居住区を訪れて子どもたちと一緒にプレーするなどして、黒人住民からも愛されるようになった。そして下馬評を覆し、1995年のラグビーワールドカップで優勝を果たし、すべての南アフリカ人にとって尊厳と団結のシンボルとなったのだ。私が今出会う南アフリカの人々は、当時の様子をこう語る。「あの勝利の瞬間、私たちはひとつになれたと感じた。みんなで通りに出て踊り明かした。団結というものが、目に見える形になった瞬間だった」
人を動かすための原則
あなたが影響を与えたいと考えている相手を1人、思い浮かべてみてほしい。私が「システム1&システム2影響原則」と呼ぶものを応用してみてはどうだろうか。
システム1:直感に訴えかける
・今、この瞬間に完全に集中する。相手はそれを肌で感じるはずだ。
・自らのメッセージを体現する。自分の生き方や選択が、相手に伝えたいメッセージとどう結びついているかを示す方法を見つけよう。
・共感する。相手の立場や恐れ、ニーズを理解していることを伝える。相手が「認められている」「安心できる」と感じられるようにする。
システム2:論理的思考を促し、新たな選択へ導く
・現状維持を続けることのデメリットを示し、新しい行動を起こすことのメリットと対比させる。
・具体的な行動を求める。あなたが相手に促したい具体的なアクションは何だろうか。
多くの人に良い影響を与えた、あなたの憧れの人物を思い浮かべてほしい。その人のどのような点を尊敬しているだろうか。今度は、あなた自身がそのような「偉大なインフルエンサー」の1人になることを想像してみてほしい。システム1とシステム2を用いた影響の原則のうち、どれがその道のりの助けになるだろうか。



