経営・戦略

2026.09.11 14:45

五角形の合格枡で売上6倍。「枡需要は衰退」からの快打、巧まざる5つの機略

枡を持つ大橋量器 大橋博行社長

枡を持つ大橋量器 大橋博行社長

岐阜県大垣市で枡を製造する大橋量器、大橋博行さんが入社した1993年、会社の年間売上は5600万円でした。それから30年余りが経った今、売上は3億4000万円。衰退産業にもかかわらず、6倍以上に伸びています。しかも伸びているのは、量るための道具としてはとうに役目を終えたと言われていた枡そのものです。祝いの席で酒を飲む習慣が薄れ、計量器としての需要も失われていく中で、この会社は縮小するどころか成長を続けてきました。

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手元にあるものから始め、小さく試す。大橋さんの30年は「エフェクチュエーションそのもの」だった

この30年を振り返って話を聞くと、驚くほど当てはまりのいい経営理論があります。エフェクチュエーションという考え方です。 壮大な事業計画を立てて資金を集め、市場を予測してから動くのではなく、まず手元にあるものから始め、失っても構わない範囲で小さく試すこと。そして、営業先を敵ではなく仲間にしていき、逆境を新しい商品や気づきに変え、先の読めない環境でも自分にできることに集中し続ける。大橋量器の30年は、この理論をなぞるように動いてきました。

大橋さんは結婚を機に、日本IBMの営業職を離れて家業に戻りました。当時の会社はパート従業員を含めて6人、身内は両親と自分の3人という小さな所帯でした。かつて1億円という売上を聞いていたものの、入社したら5600万円しかないという現実。入社後父から受けた指示はただ一つ、1時間あたりにどれだけ作れるかを計算しながら手を動かせというものでした。枡の組み目をつくる機械に一日向かい、品質をチェックする。特別な戦略も方針もないまま、大橋さんの経営は現場作業から始まりました。 

最初の転機は、入社1年目の数字を見た危機感から生まれました。大橋さんが持ち出したのは、新たな市場調査でも壮大な事業計画でもなく、IBM時代に培った営業のやり方を、業界も規模もまったく違う枡づくりの現場にそのまま持ち込んだのです。当時、全国に2500ほどあった酒蔵を、卸を通さず自ら一軒ずつ回りました。この直接営業が実り、4年後には売上は8000万円を超えます。 

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しかし、酒を枡で飲むという習慣そのものが世の中から薄れていく中で、この伸びはやがて頭打ちになりました。イベント関連や雑貨卸などにも営業先を広げます。この時期に生まれたのが、コースターや、身につけられるほど小さな枡、背を低くして食器として使う枡でした。

いずれも大橋さんが発案したものではありません。飛び込み営業の先で、雑貨の卸業者などから「こんなものはつくれないか」と言われ、断らずに向き合った先に生まれた商品です。IBM時代の研修で覚えたという、場が沈黙したら自分から説明するのではなく質問をするという習慣が、ここで生きたと言います。バイヤーから「こんなのはできないの?」と言われると、その引っかかった一点にしがみつき、宿題として持ち帰って形にする。営業先は売り込む相手ではなく、次の商品を一緒に考える相手になっていきました

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文=秋元祥治

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