五角形の「合格し枡」がヒット
新しい商品づくりも、大きな投資を伴うものではありませんでした。色をつける、背を低くするといった手作業でできる範囲の工夫から始めれば、失敗しても損失は小さくて済みます。五角形の「合格し枡」や、サンタクロースの焼印を入れた「メリークリス枡」が生まれたのも、この延長線上でした。
「合格し枡」という語呂合わせの商品名を思いついたのも、季節ごとに売れるものを考える中で自然に出てきたアイデアだったといいます。五角形や八角形の枡をつくるには量産機械に手を加える必要がありましたが、それも高額な設備投資ではなく、安価な機械を組み合わせて対応しました。できる範囲で試し、反応を見てから次に進む。この積み重ねが、枡という一つの技術から次々に新しい商品を生み出す土台になりました。「合格し枡」は受験シーズンに合わせて売れ、取材に来たメディアがその様子を面白がって取り上げてくれることで、正式な広報活動をせずとも自然に知られていったといいます。
大橋さんと私が出会ったのも、ちょうどこの頃でした。それから15年以上、ニューヨークへの販促営業に同行したこともありお付き合いが続いていますが、振り返ってみれば、この15年こそが大橋量器が枡専門メーカーとして地力をつけていった時期と重なります。
2005年には、工場の敷地内に直営店「枡工房ますや」を開きました。地元の人に自分たちが何をしているかを伝える窓口として、身の丈でできることをと考えて、ほんの工場の一角を改装して始めた店でした。ところが、狙ったわけではなくテレビや新聞に取り上げられるようになります。地域の伝統産業が枡を八角形にしたり海外に持ち出したりしているという意外性が、次々と話題を呼んだのです。
大橋さんはこの経験から、発信すること自体が売上に返ってくるという感覚を持つようになったといいます。店を開いた前後から、売上は1億円台から2億円台へと伸びていきます。今では、コースターや新しい形の枡といった商品が売上の2割ほどを占める一方、酒器としての伝統的な一合枡そのものの生産量もかつてより増えているといいます。今の受注の多くは、こちらから売り込むのではなく、自然に問い合わせが入ってくる形になっているそうです。
海外展開も、同じ姿勢の延長にあります。ニューヨークでの展示会から数えて15年以上、パリの見本市や香港での出展を続けてきました。こうした中で、NYのポール・スミスやMoMAに採用され、また大きな話題となり、国内での販売拡大につながったと言います。
出展を続けてきたのは、挑戦している姿を見せること自体が、国内でのブランド力につながると考えてきたからです。採算の見えない挑戦であっても、会社の規模から見て致命傷にならない範囲での小さな挑戦なら続けられる。大橋さんの海外展開は、大きく張るのではなく、続けられる範囲で張り続けるという判断の積み重ねだったといえます。
もっとも大きな試練は、2020年のコロナ禍でした。同年五月の売上は前年同月比で75パーセント減。落ち込んでいた大橋さんを動かしたのは、若手社員が持ち込んだ、地元の製造業を盛り上げようという企画への参加でした。そこで出会ったデザイナーとの協業から、電子レンジでご飯を温め直せる枡のおひつが生まれます。巣ごもり需要に合ったこの商品はクラウドファンディングで1000万円を超える支援を集め、テレビ番組でも紹介され、林野庁長官賞を受けるまでになりました。困難な中でも新たなつながりを求め、そこから突破口が開けたのでした。


