気候・環境

2026.08.27 16:52

気候変動対策を望む圧倒的多数派が、なぜ政治で負けるのか

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気候政治に関する2つの事実は、本来であれば共存し得ないはずのものだ。

第1の事実はこうだ。125カ国の約13万人を対象とした、世界的な代表性を持つ調査において、89%が「政府は地球温暖化防止に向けてもっと対策を講じるべきだ」と回答し、69%が「世帯収入の1%を毎月進んで拠出する」と答えた。これとは別の、77カ国の7万5000人を対象とした国連開発計画(UNDP)の「Peoples' Climate Vote」でも同様の結果が得られており、80%が政府によるより強力な気候変動対策を求めている。これは一部の特権層の意見ではなく、地球規模の「超多数派」が存在することを示す、2度の調査で実証された厳然たる事実なのだ。

そして第2の事実は、過去1年間に、政府や国際機関において45件に及ぶ重要な気候政策の撤回や後退が記録されていることだ。以前のForbes記事「『気候変動否定論』は消え去っていない。それは『診断』から『治療』へと移行した」の中で、筆者はこうした退行の心理学的理由を提示した。すなわち、政府は科学的事実は受け入れるものの、それに相応する具体的な対策はすべて拒絶する、ということだ。

しかし、心理学だけでは答えの半分にすぎない。残りの半分は「数学」だ。民主主義制度は名目的には多数決の仕組みであるはずなのに、なぜ89%の多数派が、はるかに規模の小さい少数派に負け続けるのだろうか。それは、多数派が持っているのは「規模の大きさ」だけであり、政治において重要となるそれ以外の要素をほとんど持ち合わせていないからだ。

自分が多数派だと知らない多数派

まずは、前述の調査で見つかった最も奇妙な結果から見ていこう。回答者は、同国人のうちどれほどの割合の人が収入の1%を喜んで負担するかを予想するよう求められた。その予想の平均は43%だった。しかし、実際の割合は繰り返すように69%であり、125カ国のすべてにおいて、予想の平均値は実際の数字を下回った。気候対策への負担をいとわない多数派が存在するにもかかわらず、その当事者たちは自分たちを少数派だと思い込んでいるのだ。

気候対策への負担をいとわない多数派が存在するにもかかわらず、その当事者たちは自分たちを少数派だと思い込んでいる。

社会科学では、これを「多元的無知」と呼ぶ。誰もが、他人の考えについて誤解している状態のことだ。これは一部の例外的な現象ではない。2025年の研究では、世界で最も重要な環境政策の集まりの1つである「国連環境総会」の出席者191人(政府代表、国連職員、研究者、市民社会代表、ジャーナリスト)に同じ質問を投げかけた。彼らの予想では、世界の人々のうち資金を提供する意思があるのは約38%とのことだった。実際の数字は69%である。真実と同等、もしくはそれ以上の数字を予想できた人は、5人に1人にも満たなかった。この結果は、政治家が有権者の望みを組織的に見誤っているという研究報告とも一致している。気候変動対策を求める民意は確かに存在する。しかし、その民意を託されているはずの人々を含め、その場にいるほぼ誰もが、それを認識できていないのだ。

これが重大な問題となるのは、自分を少数派だと思い込んでいる多数派は沈黙してしまうからだ。その沈黙は、周囲に「誰も関心を持っていない」という誤解を与えてしまう。そして政治家もその沈黙を目にして、同様の結論を下すことになる。

世論調査が測る「方向性」、選挙が測る「熱量」

欠けているもう1つの要素は「熱量(強度)」だ。世論調査は「何を望むか」を尋ねる。これに対して選挙は「何を最も望むか」を問い、20もの複雑な課題を一票の選択へと凝縮させる。有権者が気候変動対策の強化を心から望みつつも、食品価格や安全保障、医療制度を優先して一票を投じることは大いにあり得る。何かを「望むこと」と、それを「最優先すること」は別だからだ。これは世論調査の回答に嘘があるということではない。意見の「方向性」と「重要度」の違いなのだ。

政策の後退を検討する政治家が実際に計算しているのは、「何人が反対しているか」ではなく、「どれほどの政治的ダメージを受けるか」だ。そして、そのダメージは次の4つの要素によって決定される。

  1. 規模(Size):関心を寄せている人の数。これについては、多数派が圧倒的に有利だ。
  2. 熱量(Intensity):この単一の課題を理由に投票先を変える人の数。ここでは少数派が勝利する。激怒している少数は「単一論点投票者(シングルイシュー・ボーター)」となるが、支持している多数派はそうではないからだ。
  3. 因果の帰属(Attribution):人々がその不利益を意思決定者の責任だと結びつけられるかどうか。燃料税が課されれば、数日中には担当大臣の責任とされる。しかし、対策によって2045年の猛暑が回避されたとしても、その恩恵が大臣に感謝されることはない。
  4. 集中度(Concentration):不満を抱く人々が、選挙結果を左右する地域に居住しているかどうか。首都に集結するトラクターや、当落線上の接戦区に住む通勤者たちの存在は、各地に薄く広く分散している多数派を凌駕する。

多数派は「規模」においては圧倒的だ。しかし、規模だけでは十分ではない。はるかに小さなグループであっても、彼らの怒りがより強く、焦点が絞られており、適切な場所に集中していれば、より大きな政治的圧力を生み出すことができる。これは、利害関係が極めて大きい小集団のほうが、個人の利害関係が比較的小さい大集団よりも組織化しやすいという、政治における古典的な問題だ。

一国を動かした495票

この仕組みが抽象的に聞こえるなら、アックスブリッジの事例を見てみよう。2023年7月、ロンドン郊外のこの地区で行われた補欠選挙は、わずか495票の差で勝敗が決した。この結果は、排気ガスの多い旧式車への課税対象エリアを拡大したことに対する反発によるものと広く受け止められた。

その2カ月足らずのうちに、英国政府は主要なネットゼロ(温室効果ガス排出実質ゼロ)政策を先送りし、二大政党は気候変動に関する発信内容を変更した。

しかし、その選挙から4日後に行われたユーガブ(YouGov)の世論調査では、英国民の71%が依然として2050年までのネットゼロ実現を支持しており、反対しているのはわずか16%にすぎなかったのだ。

これこそが核心だ。小規模で、怒りに満ち、一箇所に集中したグループが、物静かな国内の多数派よりも大きな政治的影響力を及ぼしたのである。2018年に起きた燃料税引き上げへの抗議運動も、まったく同じ「数学」に従っていた。

これこそが、既存の化石燃料産業にとってこの「数学」が極めて有益である理由だ。彼らの必勝戦略は、世論を変えることではない。多数派が分散し、沈黙し、自分たちの存在に気づかないままでいる一方で、政治家たちの視線を抗議活動を行うトラクターに引きつけさせておくだけでよいのだから。

状況を変える最も低コストな方法

ここからは建設的な話をしよう。これら4つの要素は、私たちが何をすべきかも教えてくれているからだ。多数派が、少数派を上回る「怒り」を示すことは容易ではない。そうした激しい怒りは、局所的で直接的な不利益から生まれるものだからだ。しかし、驚くほど低コストで引くことのできるレバーが1つある。それは「可視化(見える化)」だ。多数派が可視化されると、熱量と責任の帰属の両方が高まる。

認識のズレは「情報の問題」であり、情報の問題は解決することができる。研究によれば、人々は気候変動対策を実際に支持している他者がどれほど多いかを知ると、自らも行動を起こす意欲が高まるという。

気候変動を念頭に置いて投票すると口にする一人ひとりが、多数派の存在を可視化することにつながる。気候政策の後退を主導した政治家の実名を挙げるメディアの報道が、責任の所在を明確にする。そして、クリーン投資の重要性を唱えるビジネスリーダーの一人ひとりが、政治家に対して「政治的な力学が変わりつつある」ことを示すのだ。

これらはどれも、反対派を説得する必要はない。89%という多数派は、すでに存在しているのだから。

これまで述べてきた2つの記事は、同じ罠の裏表を描いている。一方は、リーダーたちが「問題の否定」から「解決策の拒絶」へと移行する理由を説明し、もう一方は、有権者がなぜそれを罰しないのかを説明している。

そして両者に対する解決策は同じ、すなわち「多数派を可視化すること」だ。そうすれば、沈黙が「容認」と見なされることはなくなり、気候変動対策を後退させることは、もはや政治的にノーコストではいられなくなる。

気候変動運動が果たすべき第一の役割は、もはや対策の強化を求める「多数派を作り出すこと」ではない。その多数派は、すでに存在している。いま必要なのは、多数派自身に、自分たちが多数派であることを認識させることなのだ。

forbes.com 原文

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