2026.08.27 16:46

芸術家たちを魅了したデンマークの海辺の町、スケーエン

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一見すると、スケーエンの街並みは調和が取れすぎているようにも思える。赤い瓦屋根の下、静かな通りには黄色い家々が立ち並び、その多くには特徴的な白い縁取りが施されている。港には漁船がひしめき、町中を行き交う乗り物の大半は自転車だ。

だが、デンマーク最北端に位置するこの小さな町の景観は、単なる北欧的な美意識の産物ではない。スケーエンを際立たせているもののほとんどは、2つの海に挟まれた、風雨にさらされる立地に由来している。

その出発点は、町の数マイル北にあるグレーネンだ。砂地のユトランド半島の先端であり、デンマーク本土の最北端にあたる。

スケーエンの2つの海

グレーネンは、スカゲラク海峡とカテガット海峡の海水が出合う場所として知られている。訪れる人は、波が互いに異なる方向から押し寄せる様子でそれを見て取ることができる。

ここは一般に、北海とバルト海が出合う地点と説明されることが多い。ただし、地理的にはもう少し複雑だ。スカゲラク海峡は北海につながり、カテガット海峡はバルト海へ向かう移行部の一部を成している。

海洋学的にいえば、これらはきれいに分かれた2つの海というより、混じり合う水域である。だが、そう言ってしまうと少々興ざめかもしれない。

いずれにせよ、砂州を挟んで左右の浅瀬に片足ずつ立つ体験は、デンマークでも屈指の風変わりな地理的体験の一つといえる。

強い潮流があるため、遊泳は禁止されている。グレーネン自体も、潮流が砂や砂利を堆積させることで絶えず形を変えており、この海岸線は過去1世紀で約1km伸びている。

芸術家をスケーエンへ引き寄せた光

スケーエンの風景は、19世紀後半から芸術家たちを引きつけるようになった。

作家で画家でもあったホルガー・ドラクマンは1872年にこの地を訪れ、移ろう海、厳しい風景、そして地元の人々の暮らしに強い感銘を受けてコペンハーゲンへ戻った。

その後、ミカエル・アンカーとアンナ・アンカー、P.S. クロイヤー、ラウリツ・トゥクセン、ヴィゴ・ヨハンセン、マリー・クロイヤーらが続いた。彼らは総称してスケーエン派の画家たちとして知られるようになった。

彼らは単に休暇を過ごしていたわけではない。多くはデンマーク黄金期の慣習の先に目を向け、自然主義や戸外制作といった欧州の新しい潮流を探っていた。

漁師、浜辺、日常生活は繰り返し描かれる題材となったが、光そのものもまた重要な主題だった。クロイヤーは、海と空がほとんど溶け合うように見える夏の夕べの情景と、とりわけ強く結びつけられている。一方、アンナ・アンカーは、ありふれた室内に差し込む陽光と色彩を捉える卓越した力を発揮した。

現在、スケーエン美術館は、この物語を知るうえで欠かせない入口である。同館のコレクションは、作品をその背後にいた人々や人間関係と並べて紹介し、これが同じ風景をたまたま選んだ芸術家の集まりではなく、一つの緊密な共同体であったことを明確に示している。

近くにあるアンカー夫妻の家は、アンナとミカエル・アンカーの住まいであり、さらに別の側面を伝えている。この家は芸術家コミュニティの集いの場となり、同時に一家が年間を通じて暮らす住まいでもあり続けた。

スケーエンが黄色い理由

スケーエンの有名な黄色い家々は、この町とあまりに強く結びついているため、昔からここにあったと思いたくなる。だが、そうではない。

スケーエン海岸博物館は、この町の建築史を、1875年頃までの「黒の時代」、およそ1875年から1907年までの「黄色の時代」、そしてスケーエン港の開港に始まる「赤の時代」に分けている。

漁業を営む家庭が豊かになるにつれ、古い家々は徐々に建て替えられていった。品質の低いレンガは風雨から守る必要があり、いくつかの色の石灰塗料が施された。そのうちの黄色が、やがてスケーエンの象徴となった。

多くの屋根の縁に見られるあの不思議な白い線にも、同じく実用的な由来がある。強風で高価な屋根瓦が飛ばされる恐れがあったため、瓦はモルタルで固定された。棟や切妻に沿って露出したモルタル部分には、保護を強めるため白い石灰が塗られた。

実に北欧らしい結末である。いまでは装飾的に見える建築の細部が、もともとは防風・防水のために生まれたのだ。

静止することを拒む風景

スケーエンが自然の力と向き合ってきたことは、町の外へ出るとさらに明瞭になる。

「砂に埋もれた教会」では、中世の聖ラウレンティウス教会のうち、地上に残っているのは白い塔だけだ。漂砂が建物と墓地への通行を繰り返しふさぎ、ついに1795年に礼拝が行われなくなった。

さらに南へ行くと、ロービャウ・ミーレが、同じ現象をより大きなスケールで示している。この巨大な移動砂丘には約350万立方メートルの砂が含まれ、毎年およそ15m(50フィート)ずつ北東へ移動している。

こうしたことのすべてが、スケーエンが単なるデンマークの海辺のリゾート以上の存在になった理由を説明している。

芸術、建築、漁業文化、自然の見どころは、当初はそれぞれ別々の訪問理由のように見える。だが、この地でしばらく過ごせば、そのつながりは明らかになる。スケーエンでは、海と砂が町そのものを形づくってきたのである。

forbes.com 原文

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