「幸福であることの秘訣は、自分自身を楽しませる術を知ることにある。食卓にいることを楽しみ、ベッドにいることを楽しみ、立っていること、座っていることを楽しみ、もっとも淡い陽光の一筋、ほんのわずかな風景を楽しむこと。言い換えれば、すべてを愛することだ。幸福であるためには、すでに幸福でなければならない。酵母のないパンなど存在しないのだ」
フローベールが自身の秘密のノートにそう書き記したのは1840年ごろのことであり、のちに傑作『ボヴァリー夫人』を執筆する著者は当時、18歳前後だった。この文章が発表されたのは、彼の死後85年が経過した1965年のことだった。
当時の文脈を補足すると、ノートのその前後のページには、彼がどれほど苦しみ、孤独に苛まれていたかが描写されている。愛し、愛されさえすれば、自分はどれほど幸せだろうかという切実な思いが綴られているのだ。したがって、この言葉は人生を謳歌している世間知らずのティーンエージャーによるものではない。むしろ、人生のどん底にあり、自分をより幸せにしてくれると信じる新たなスキルを必死に身に付けようとしていた人物の言葉なのだ。
フローベールの言葉は、幸福を「自分に訪れる状況」ではなく、「練習によって築くことができる能力(コンピテンシー)」として扱っている。そして約200年後、心理学者たちはこれを説明するためにある言葉を作り出した。それが「セイバリング(savoring:今この瞬間を味わうこと)」だ。
「味わう」ことの実践方法
心理学者が「セイバリング」と言うとき、それは食事を味わう感覚と似ている。良い経験が起きている最中に、意図的にそこに意識を向け、その時間を引き延ばし、深め、その価値をかみしめることを意味する。
セイバリングは、よく似た2つの言葉と混同されがちだ。
- 「感謝」:何か「に対して」ありがたく思うことであり、通常は過去を振り返るもので、状況がさらに悪くなっていたかもしれないという密かな比較を伴うことが多い。
- 「マインドフルネス」:今ここにあるものに対して、価値判断を挟まずに意識を向けること。
セイバリングが感謝やマインドフルネスと異なるのは、現在の瞬間を増幅させることを目的としている点だ。フローベールは恵まれていることを数え上げている(感謝している)のではなく、その瞬間に没頭し、普段以上にその価値をかみしめているのだ。
なぜこれが心の知能指数(EQ)に関わるのか
感情知能(EQ)は、専門家であるトラビス・ブラッドベリー博士によって、「人間関係や人生においてより効果的であるために、自分自身の感情、さらには他人の感情を認識し、理解し、管理する能力」と定義されている。EQは以下の4つのコアスキルで構成されている。
- 自己認識:自分の感情を認識し、理解する能力
- 自己管理:自分の感情に対処し、コントロールする能力
- 社会的認識:他者の感情を認識・理解し、他者に共感する能力
- 人間関係管理:前述の各スキルを活用し、他者との関係を構築、維持、促進する能力
フローベールの言う「セイバリング(味わうこと)」は、まさにこの2番目の領域である「自己管理」に当てはまる。幸福を天気予報のように扱い、太陽が昇るのを待つだけになりがちだが、フローベールが指摘するように、すでに窓から差し込んでいる「どんなに淡い一筋の陽光」であっても、それを味わうことを自らに課せば、多くのものをもたらしてくれる。
このセイバリングの概念が自己管理において重要なのは、自己管理に関する議論の多くが、怒りや不安、圧倒されるようなネガティブな感情に対処するというお決まりのシナリオを前提としているからだ。しかし、感情のコントロールにおいて、それは可能性のほんの一部にすぎない。フローベールの言葉は、見過ごされがちなもう半分の領域に踏み込んでいる。良い気分をコントロールして、より強く、長く持続させるにはどうすればよいのだろうか。自身の自己管理レベルを把握するために、心理学者は、科学的に検証されたEQセルフアセスメントを受けることを勧めている。
なぜフローベールは「酵母のないパンなど存在しない」と言ったのか
私は、通常はカットされてしまうこの引用の最後の一行を、あえて残した。フローベールは「酵母(発酵種)のないパンなど存在しない」と書いている。酵母とは、パン職人が生かし続け、新しい生地に混ぜ合わせる、酵母菌や乳酸菌の生きた培養物のことだ。彼の主張は、小麦粉と水だけではパンは作れないということだ。新しいパンを作るには、前回の生地の一部を混ぜ入れる必要がある。パンがパンを作るのだ。
つまりフローベールは、幸福がさらなる幸福を生むメカニズムを説明しているのだ。心理学者のフレドリックソンとジョイナーは、138人を対象にこの理論を検証した。その結果、ポジティブな感情はより広い視野に立った対処法を予測し、広い視野に立った対処法はさらなるポジティブな感情を予測することが明らかになった。言い換えれば、両者はポジティブなフィードバックループのなかで互いを養っていたのだ。
淡い一筋の陽光を味わう方法を見出すために費やす10秒間が、将来の幸福の瞬間のための発酵種となる。これは、自己管理における一種のブレイクスルーだ。ネガティブな感情を抑え込むことに集中するのではなく、どんなに小さなものであってもポジティブな感情に寄り添うことで、感情のポジティブなサイクルを生み出し始めることができる。
この名言を実践に移す
フローベールは、当時はまだ自分が持っていなかった能力についてノートに書き綴っていただけのティーンエージャーにすぎなかったが、その能力を伸ばすために何が必要かについては正しかった。人生を楽しむ能力は、良い人生を送っていることへの「ご褒美」ではない。それは、ポジティブさの雪だるまを作り出す、自ら高めることができるスキルなのだ。今週は、窓から差し込む淡い光を見つけ、それにふさわしい愛とポジティブな関心を注いでみてほしい。この戦略を実行に移すために必要なのは、ただそれだけだ。
ケビン・クルーズは、EQ(感情知能)トレーニング企業であるLEADxの創業者兼CEO。また、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー作家でもある。彼の無料のEQアセスメントはこちらから受けることができる。このアセスメントは心理学的に検証されており、4つのコアスキルそれぞれのスコアの内訳を確認できる。



