生成AIの急速な普及により、人事部門には従来業務だけでなく、経営戦略を現場へ浸透させ、変革を牽引する役割が求められている。
2026年7月28日(火)、PwCコンサルティング合同会社は「AI時代における人材ポートフォリオと人事部門に求められることの変化」と題したパネルディスカッションを開催。AIトランスフォーメーションに先進的に挑む2社のCHROを歴任したリーダーが議論を交わし、考えを示した。
パネルディスカッションの冒頭では、「AI時代、日本企業の人事部門はどのような環境に置かれているのか」について現状認識が共有された。
モデレーターを務めるPwCコンサルティング 執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリーダー・北崎茂(以下、北崎)が示したのは、日本企業の生成AIの活用度だ。PwC Japanグループが実施した「生成AIに関する実態調査2026春 6カ国比較」によると、積極的に活用する日本企業の割合は2026年時点でほぼ9割に到達するものの、次の懸念を指摘した。
「AI活用度は、アメリカ、中国、イギリス、ドイツとの差はほぼありません。一方で、生成AIの効果が『期待を大きく上回る』『期待通りだった』と回答した企業の割合は、諸外国平均が74%に対し、日本は56%に留まり大きく劣後しています」

北崎は、こうした現象はかつて2018年頃の日本国内でのDX台頭期にも起きた既視感ある構図とし、日本企業の生産性が落ちたのではなく、変化への対応が迅速だった諸外国が伸びていった結果だと説明した。
では、生成AI活用の成否をわける要素は何か。北崎は問題提起の意味を込めながら、次の2点を挙げた。
「1つ目は、戦略浸透のスピード。組織の長期目標への理解度が経営層から現場に下りるにつれてどれほど低下するかを見ると、グローバル平均では約20%の低下に対し、日本企業では約50%の低下規模まで広がっている。新たな舵取りをいかに現場に浸透させていくか、つまりチェンジマネジメント機能の具備が、人事部門の大きなチャレンジのひとつです。2つ目は、人的資本投資の規模。一概には言えませんが、日本企業は人的資本への投資規模が諸外国に比べると、弊社が行った企業意識調査でも育成施策の充足度や上司の育成支援などの複数の項目で半分程度の数値に留まっており、投資の遅れを否めない部分があります。戦略を現場まで浸透させ、変化を後押しする人的資本投資をどの程度行えるかが、重要なポイントです」
「オペレーショナルモデル改革」と大胆な人材入れ替え
次に、株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役常務グループCDTOの上ノ山信宏(以下、上ノ山)と、日本電気株式会社(NEC) Chief Learning Officer 兼 Chief Diversity Officerの堀川大介(以下、堀川)が、自社の施策事例を挙げながら、見解を示した。
2021年に同グループのCHROに就任した上ノ山は、後にCDO(Chief Digital Officer)を兼任してDX推進を牽引。2026年にCDTO(Chief Digital Transformation Officer)へと肩書を変え、より一層トランスフォーメーションに注力する。
「トランスフォーメーションには3段階ある」と、上ノ山は説明。生産性向上を目指す「オペレーション改善」、事業運営モデル自体を見直す「オペレーショナルモデル改革」、価値観や行動規範、企業としてのあり方を再定義する「オペレーティングシステム変革」だ。
「いま当社が取り組むのは、『オペレーショナルモデル改革』です。カルチャー、仕事のあり方、人材ポートフォリオまで踏み込む必要がありますが、そこまで理解している社員はまだひと握り。段階移行は、本来は非連続ですが、実際はアラインメントを取りながら実行せねばならず、苦戦中です」と、変革の難しさを率直に語った。
続けて、北崎が前段で述べた「チェンジマネジメントの必要性」に同調。その実践として、止める・巻き込む・組み合わせる・絞り込む・祭る・入れ替える・変わるという7つの打ち手を挙げた。
「たとえば『入れ替える』の具体策としては、人事制度を職能給から役割給へと転換し、役割に応じて処遇の上げ下げが可能な仕組みに整備。変革の担い手として力量が不足すると判断した人材の異動や処遇の見直しを行う一方、これまで埋もれていた人材を抜擢するなど、大胆な人材入れ替えを進めてきました」
変革への本気度は、リソース配分にも表れている。同社は新規事業投資を絞り込む一方、AI関連投資は2022年度の実質ゼロから3年で急拡大させた。今後3年で500億~1,000億円規模のAI関連投資を行う計画だ。人数ベースでも、ビジネスサイドからDXの推進人材を120名程アサインし、400名規模の体制を築いた。
続けて上ノ山は、人事部門の役割とAI時代の人材ポートフォリオについてこのような持論を展開した。
「多くの企業はヒエラルキー型組織だと思いますが、今後は、ビジネス特性に応じて最適化された組織体制が生まれていくでしょう。それに応じてカルチャーや行動様式も変わっていく。企業はそうした変化を織り込んだ設計を行う必要があり、その立案や実行においてはまさに人事部が非常に大きな役割を担います。また、人材ポートフォリオの観点では、戦略から業務プロセスまでを見渡せる、ドメイン知識を持つ人材育成が重要です」

「Try&Learn」と「個の解放」を軸に施策を推進
「NECでCHROを担った3年間で、AI時代は人の可能性や本質をいかに引き出すかが重要だと確信。今後は『ラーニング』と『ダイバーシティ』が重要なテーマになるとの考えから、社長に直訴して現在のポジションであるChief Learning Officer 兼 Chief Diversity Officerを作りました」
そう話すのは、堀川だ。同社は2000年代の経営危機を経て、10数年にわたり社会価値創造型企業への転換を続けてきた。業績が過去最高水準に達した現在、中期計画ビジョンとして「Empower Humanity」を掲げ、NEC自身が「AIネイティブカンパニー」になることを目指す。
「いまは価値創出力を最大化する変革に挑んでいます。仕事の流れを、①入口(問いを立てる) ②中間(分析・作成) ③出口(判断・実行)に3分割すると、②はAIが担える領域。人はより付加価値の高い①と③にシフトできます。当社ではジョブ型雇用の仕組みが、この人材の最適配置を支えるインフラとしてすでに機能し始めています」
続けて、①に人材を投入する際には社員の「挑戦マインドの醸成」が必須だと話す。
「当社では、『Try&Learn』という言葉を提唱しています。「やってみたい」から「確かめる」、そして「考察して示唆を得る」という意味です。『Try&Error』だとつい萎縮してしまうので、“失敗から学ぶ”という意味合いを強調しているのです」
その象徴的な施策が、3年前に導入した新入社員向けの育成プログラムだ。
「入社3カ月の新人が役員のメンターとなり、自ら持ち込んだ社会課題を役員と共にAIで解決するプログラムや、入社6カ月で挑む『生成AIハッカソン』を実施しています。昨年は、入社数カ月でアプリ開発まで到達した社員がいて驚きましたね。成功体験を持たない人の方が、アンラーニングの必要がなく動きやすいこと、また新人・ベテランと一括りにせず、個性ややりたいことを戦力にする大事さを痛感しています」
こうした施策を推進していく上で大事にするキーワードは「個の解放」だ。
「AI時代だからこそ、標準業務はAIに任せる。そして会社は社員一人ひとりの違いに着目し、その人間性を伸ばしていくことが重要です。一企業の努力だけでなく、学校教育も含めた産官学連携のテーマとして捉えていくことも非常に大事な視点だと思います」

経営と現場が、人的資本を共通課題として捉える重要性
後半では、北崎が提示した3つのテーマについて両者が見解を述べ合った。1つ目は「AI時代においてどのような人材ポートフォリオの変化が発生するか」。
堀川は「当社のようなICTベンダーは、AIに代替された際の影響が非常に大きい。来たる変化を見据えて、すでに備えてきました。リソースマネジメントを本社に集約し、再配置しやすい体制に整えてきたほか、5年前にはリスキリングの専門会社を設立し、年間で数百人規模の人材育成を行っています。今後はさらにその規模を拡大していく見通しです」と答えた。
一方、上ノ山は、人材ポートフォリオを考える上での論点を挙げた。
「まずは、企業の能力分布を示すベルカーブ(正規分布)自体をどう動かすか。AI時代にはトップパフォーマーの重要性が増す一方、平均的パフォーマーの必要数は薄れる可能性がある。しかし、日々の延長線上にキャリアがあると考える層にはアンラーニングを促す難しさもあります。そして、中間工程がAIに置き換わることで業務がブラックボックス化する中、経験の浅い人材にどう経験を積ませるかという課題もあります」
次のテーマは「AI時代にマネジメント・カルチャー・従業員マインドセットはどのように変化するのか」。
上ノ山は、「変容を促すためには、様々な施策を展開するしかない。一例としては、変革を体現する人材を可視化する新しい評価軸です。評価軸が変われば、これまでのベルカーブとは異なる、新しいベルカーブが生まれるでしょう」と答えた。
堀川は、かつて経営危機を経験した企業ゆえに「変わり続けることをやめない」という思想があるとしながら、経営と現場の危機感のギャップを埋める難しさをにじませた。
「AIの変化を津波に例えると、津波が来ることは確実で、会社としてはどこが高台かを示せる。しかし、実際に高台へ行くかどうかは、社員自身の判断です」
最後のテーマは、「これらの変化に対応するために人事組織はどのように変化するのか」。
堀川は、「人事の機能は、人間力(対人力)とデータに2極化すると思います。私自身がCLOをCHROの役割から分離したように、責任範囲を絞り込んで機能分担を進めていくべきだと考えます」と、主張。
対して、上ノ山は「戦略・組織・人事・プロセスをつなぐ要として人事が全体を見渡すことが必要」と回答した。ただし、それを一人が背負うのではなく、人事部内で役割分担し、統合することが重要だとした。
北崎は「人事の課題をすべて人事部門に押し付けても機能しない」と話し、実際に社員の育成を含めて企業における人材マネジメントの重要な役割を担っているのは現場のラインマネジメントであるという視点を提示。
経営と現場が人的資本をいかに共通課題として捉えられるか、それを踏まえたうえで、人的資本経営における、「経営」・「人事」・「現場マネジメント」、さらには社員自身のそれぞれの役割の在り方を、今後の時代変化に合わせていかに迅速に変化させていくことができるかが最大の論点になると総括し、ディスカッションを締めくくった。
かみのやま・のぶひろ◎株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役常務グループCDTO。1991年、東京大学工学部卒業。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2017年みずほ銀行営業第九部長。2019年みずほフィナンシャルグループ執行役員取締役会室長。2021年には、みずほフィナンシャルグループ取締役兼執行役グループCHROに就任し、グループ5社共通の新たな人事制度・運営への移行等を担当。2024年より、みずほフィナンシャルグループ執行役グループCHROに加え、新たにグループCDOを兼務。2025年、常務執行役員・グループCDTO(2026年に名称変更)
ほりかわ・だいすけ◎日本電気株式会社(NEC)Chief Learning Officer 兼 Chief Diversity Officer。1992年、NEC入社。航空宇宙防衛営業部門配属。2015年パブリック企画本部長。2017年社会基盤企画本部長。2020年、執行役員 兼NECマネジメントパートナー株式会社 代表取締役 執行役員社長に就任。2023年、執行役 Corporate EVP 兼 CHRO。2026年、Chief Learning Officer 兼 Chief Diversity Officer
きたざき・しげる◎PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 組織人事コンサルティングリーダー。外資系IT企業を経て現職。組織人事コンサルティング領域にて約25年の経験を有し、2022年より同社の組織人事コンサルティング事業のリードを務める。専門領域は組織設計、人事戦略策定、人員計画策定、人事制度設計、人事プロセス・システム設計、EX/EVP設計、M&A、チェンジマネジメントなど。組織人事領域における包括的な知見を有し、これまで300以上のプロジェクトをリードしてきている。また、ピープルアナリティクスの領域においては、国内の第一人者として日系から外資系に至るまでさまざまなプロジェクト実績の他、年間30回に及ぶ講演・寄稿を日本企業向けに実施。近年ではHRテクノロジービジネスにおいて、企業の事業アドバイザーも務める。



