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2026.08.28 11:00

AI時代、変えるべきものと残すべきものとは。東京国立博物館で交わされた経営層の対話

AIの台頭により、企業経営の前提は大きく揺らいでいる。

既存業務を効率化するための技術としてAIを捉えるのか。それとも、事業、組織、人材、データのあり方そのものを見直す契機と捉えるのか。いま経営者には、これまでの延長線上にはない判断が求められている。

Forbes JAPANが主催し、IBMが協賛する、文化体験×AIラウンドテーブルシリーズ「GO Next. | Leaders’ Board -羅針-」第3回で行われた対話を、抜粋してお届けする。


受け継ぎながら、時代に合わせて変えていく。「伝統と再定義」を考える 

東京・上野公園にある東京国立博物館は、1872年創設の日本で最も長い歴史を持つ博物館だ。日本を中心に、アジアの美術や考古資料など幅広い文化財を収蔵・展示し、長い歴史の中で受け継がれてきた文化に触れることができる。 

7月某日、この東京国立博物館に、金融、製造、通信、物流、流通、製薬、メディアなど、多様な産業の経営層が集った。いずれも、変革を担うCxO・役員クラスのリーダーたちである。

Forbes JAPANが主催し、IBMが協賛するクローズドな対話形式の双方向プログラム、「GO Next. | Leaders’ Board -羅針-」。第3回のテーマは「Tradition and Redefinition(伝統と再定義)」だ。

プログラムの幕開けは、東京国立博物館の庭園内にある「九条館」でのウェルカムランチ。かつて京都御所内にあった九条家の邸宅の一部を移築した建物で、参加者はその格式高い佇まいの中、季節の美意識を詰め込んだ特別な弁当を囲みながら交流を深めた。

この場所ならではのもう一つのプログラムが、東京国立博物館の研究員が解説する展示ツアー体験だ。参加者は館内を巡りながら、平安・鎌倉時代の仏教美術、茶の湯、武具、日本絵画、衣装など、日本美術の歴史と変遷に触れた。 

例えば茶の湯は、中国から伝わった茶器や文化を受け入れながら、日本独自の精神性や様式を育んできた。また、日本絵画にも中国から取り入れられた表現があり、それが日本の季節感や美意識と結びつきながら、独自の表現として発展してきたという。

伝統とは、同じものをそのまま残し続けることだけではない。受け継いできたものを大切にしながら、新しい要素を取り入れ、その時代、その場所にふさわしいかたちへ変えていくことでもある。

AIという変化を前に、企業は築いてきた事業や組織、人材、ノウハウの何を残し、何を変えていくのか。東京国立博物館で感じた「伝統と再定義」の精神は、AI時代の企業変革にも通じるものがあるのではないか。

AIで生まれた生産性を、どう企業価値へ変えるのか

AIを変革につなげるためのヒントを探るトークセッションでは、旭化成取締役の久世和資、トヨタ・コニック代表取締役の山下義行、一般社団法人日本CTO協会理事/レクター 代表取締役の広木大地が登壇。Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香がモデレーターを務め、AI時代の企業変革や組織のあり方について議論した。

生成AIが登場する以前から、研究開発や製造の現場で機械学習を活用してきた旭化成では、従来2〜3年かかっていた素材開発を3〜4カ月に短縮するなど、すでに開発スピードにも大きな変化が生まれているという。

ただし、AI活用の目的を業務効率化だけに置いているわけではない。

「業務の変革から事業の変革へ、さらに経営の変革へと進んでいくことが重要です。AIを一部の専門家だけが使うものにせず、組織全体で使いこなしていくには、『人』『データ』『組織風土』を一体で変えていかなければなりません」(久世)

一方、山下が着目したのは、生活者のAI活用が急速に進んでいることだ。検索や情報収集、購買の判断など、日常のさまざまな場面にAIが入り始めている。これまで企業は「人に選ばれる」ことを前提に、商品やサービスの情報を届けてきた。しかし今後は、その手前でAIが情報を整理し、選択肢を提示する場面も増えていく。そのため、顧客との接点や価値の届け方そのものを、AIが介在することを前提に捉え直す必要があると説く。

「企業がAIをどう使うかを考えている間にも、お客さま側はどんどんAIを使い始めています。企業側のAI活用だけでなく、AIによって生活者の行動がどう変わるのかを注視する必要があります」(山下)

広木は、AIによって資料作成や情報収集などにかかる時間が短くなっても、組織の仕事の進め方が変わらなければ、企業としての成果にはつながらないことを指摘。

「一人ひとりの生産性が上がっても、その空いた時間が会議や従来のプロセスに吸収されてしまったら、会社全体の生産性は上がりません。私はこれを『消える生産性』と呼んでいます」(広木)

AIによって少人数で担える仕事が増えるのであれば、それに合わせて意思決定や人員配置のあり方も変える必要がある。少ない人数で既存業務を回し、そこで生まれたリソースを新たな仕事にあてるなど、AI活用と組織変革を切り離さずに考えることが重要だ。

話題は人事制度や人材育成にも及んだ。久世は、日本企業では組織の役割や予算、評価制度が固定化されていることで、プロジェクトごとに必要な人材を集め、スピーディーに動くことが難しいケースがあると指摘した。

山下は、そうした組織を一気に変えることの難しさを踏まえ、まずは小さな単位から新しい働き方を試すことを提案。「AIの技術そのもの以上に難しいのは、『人の働き方のOS』を変えること。既存の組織を壊すのではなく、少人数で新しい動き方を試すラインをつくる方法もある」と述べた。

では、こうした変革を誰が率いるのか。

久世が紹介したのは、自社の経営トップに生成AIを実際に使用してもらった経験だ。若手社員とともにAIを使いながら、自社のAIビジョンについて考える場を設けたという。

「AIの重要性を経営から発信するのであれば、経営者自身がまず使い、その力とリスクを体感することが大切です。実際に使うことで、何ができて、どこに危うさがあるのかが見えてきます」(久世)

自ら使い、その可能性とリスクを理解したうえで経営判断を下す。AI時代のリーダーには、そんな「肌感覚」も求められているのだ。

「時短=生産性」ではない。経営層の対話から見えた3つの再定義

トークセッションのあと、参加者はグループに分かれ、AI変革をめぐる自社の課題について議論するワークショップを実施。業界も企業が置かれた状況も異なるなか、各グループの議論からは、AI時代に改めて考えるべき3つの「再定義」がテーマとして浮かび上がってきた。

一つ目は、「生産性とは何か」の再定義だ。

あるグループでは、AIによって2時間かかっていた作業が5分になったにもかかわらず、総労働時間は変わらなかったという事例が共有された。

何のためにAIを導入するのか。対応できる案件数を増やすのか、働く時間を減らすのか、必要な人員を変えるのか。そのゴールを先に定めなければ、局所的な時短だけが積み重なり、成果につながらない可能性がある。

これは、広木が指摘した「消える生産性」とも重なる。効率化によって生まれた時間を、どこへ振り分けるのか。AI時代には、生産性そのものを経営の視点から定義し直すことが求められるのだろう。

二つ目は、「人に何を残すのか」の再定義。

あるグループでは、AIによる効率化が進むほど、若手が仕事を覚えるための経験まで失われるのではないかという懸念が語られた。

資料作成や情報整理をはじめ、これまで若手が時間をかけて経験してきた仕事をAIが担うようになれば、効率は高まる。一方で、その過程で身につけてきた判断力やノウハウを、次世代はどこで学ぶのか。「意味のある無駄」までなくしてしまえば、ゼロから新しいものを考えられる人材が育たなくなる可能性もある。

物流の視点からは、配送ルートのようにデータによって最適化できる経験知がある一方、荷物の持ち方や積み方、身体の使い方といった、まだ十分にデータ化できない暗黙知もあることについて言及。AIに任せるものと、人が経験し続けるべきもの。その境界をどう引くかは、単なる人材育成の問題ではない。自社にしかない価値や強みをどこに残すのかという、経営上の判断が重要になる。

そして三つ目は、「自社の境界」の再定義だ。

あるグループでは、AIやITをどこまで自社で開発し、どこから外部の力を借りるのかという議論が交わされた。内製化すれば特定の人材に依存するリスクがあり、外部に頼りすぎれば特定のベンダーに依存するリスクが生じる。その間で最適解を探る必要があるという。

各グループで交わされた議論から見えてきたのは、AI活用の成果を生み出すには、技術の導入とあわせて、仕事の進め方や組織のあり方を見直す視点が欠かせないということだ。生産性の捉え方、人が担う役割、企業間の連携のあり方まで、経営として判断していくことが求められている。

人が画面を操作する前提さえ変わる。AI時代に何を残し、何を作り変えるのか 

ワークショップ後、日本IBM 執行役員兼技術理事 技術戦略本部統括の藤田一郎から、IBMが取り組んできたDX・AI実装のプロセスが紹介された。

藤田は、約30年周期で訪れてきた技術変革を振り返りながら、生成AIはシステムの前提そのものを変える可能性があると指摘。今後は、人が画面を操作することを前提とするのではなく、IDを持ったAIエージェントがさまざまな処理を担う世界を見据え、システムのアーキテクチャー自体を見直す必要があると述べた。

IBMは、複数のSaaSや基幹システムが混在する環境の中で、不要な業務の排除・簡素化・標準化、データ統合、全社的な実行体制の整備を進めながら、生産性向上に注力してきた。重要なのは、AI導入の前段階で業務を見直すこと。不要な業務を排除し、簡素化・標準化を進めたうえで、AIを有効活用できる状態をつくる必要がある。そして、生産性向上によって生まれた効果を単なるコスト削減で終わらせず、新たな技術や成長への投資へと回す循環をつくることだと語った。

今回のラウンドテーブルを通じて見えてきたのは、AI時代の企業変革において重要なのは、自社が持つ価値を改めて見極めることだ。

AIによって情報処理や定型業務の多くが効率化されるからこそ、問いを立てる力、独自の知見、長年培ってきた暗黙知、人と人との関係性といった価値が、より重要になる。一方で、それらを生かすためには、生産性の捉え方、人の役割、組織や企業の境界まで、これまでの前提を見直し、再定義することも欠かせない。

何を残し、何を変えるのか。その経営判断を行い、次の価値創出につなげていくことが、AI時代に求められる企業変革の姿なのだ。


日本IBMが描くAIの成長戦略

https://www.ibm.com/jp-ja/campaign/ibm-and-ai-strategy

Promoted by IBM | photographs by Kenta Yoshizawa | | text & edited by Hibiki Matsuyama(PlayceCUBE)

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