企業にまず求められるのは、AI活用を経営戦略の中で意味づけることである。従業員は、単なる新技術の導入ではなく、それが自社の将来や競争力強化にどう結びつくのかを理解できたときに前向きに変化を受け入れてくれる。AIを何のために活用し、どの事業課題の解決に結びつけ、どのような価値創出を目指すのかという全体像を、経営が明確に示すことが欠かせない。
日立製作所が提示する実務的なAIという考え方は、このアプローチの一例である。同社は生成AIへの投資や従業員のリスキリングについて発信する際、AI導入をより広範な産業・オペレーショナルテクノロジー戦略と一体で示している。つまり、単に新しいツールを導入することを重視しているのではなく、AIを組み込むことで長期的な競争力を強化するということである。
次に、AI活用を組織に定着させるには、試行と学習を許容する企業文化が欠かせない。
正確性やリスクの最小化を重んじる日本文化のもとで、それは決して容易ではない。だが、AIの導入には、試行錯誤と検証、そこから学ぶ余地を組織内に意識的に確保することが求められる。ここでもリーダーシップのあり方が極めて重要となる。リーダー自らが試し、学ぶことが評価や評判を損なう要因にならない環境を整えることで、従業員も新たなテクノロジーを継続的に受け入れやすくなる。
問われているのは、組織が品質やガバナンスに対する高い基準を維持すべきかどうかではない。それらは引き続き不可欠であるが、課題は、その高い基準を維持しながら、イノベーションを生み出すために必要な組織としての俊敏性(アジリティ)や柔軟な対応力を以下に両立させるかにある。
さらに重要な要素は、組織に蓄えられた知識の維持と継承である。日本企業の多くは、「ものづくり」や長年の人材育成を通じて培ってきた高度に専門化された業務知識を強みとしてきた。だが、人口動態の変化で世代交代が加速する中、そうした知見を失う前に蓄積し、活用可能なかたちで拡張する手段として、AIへの期待が高まっている。
例えばNECは、エンジニアがもつ暗黙知をAIで検索可能な知識資産として形式知化し、検索・共有可能な組織の知的資産として活用する取り組みに言及している。その意義は製造業にとどまらない。経験豊富な人材の退職が進み、労働力不足が深刻化する中で、AIは組織の知識や経験を継承し、事業の継続性を支える重要な役割を果たす可能性があると、多くの企業が認識し始めている。
しかし、長期的なAI活用の成否は、新たな行動様式が組織の運営基盤に組み込まれるかどうかに左右される。AIを組織の持続的な能力として定着させるには、リーダーに求められる役割や期待、人材戦略、人材育成・学習の仕組み、さらには評価・パフォーマンスマネジメントの制度に至るまで、一貫してAIを前提とした設計へと組み込む必要がある。そうした制度設計が伴わなければ、AI活用は個別最適な取り組みにとどまり、組織全体としては断片的な導入に終始する可能性が高い。


