1988年10月12日午前10時前、未来学者のポール・サフォーに導かれ、米サンフランシスコのシンフォニーホールで開催されたNeXT Computer発表会に立ち会った。1985年にアップルを去ったスティーブ・ジョブズが、再起をかけて世に問うワークステーション「NeXTcube」の発表記者会見だった。
紹介を受け握手を交わした彼は、異様にエキサイトしたテンションをまとっていた。「いつもビルがTシャツなので、こちらはアルマーニで決めたよ」。ポーズを決めて冗談を飛ばす。「ビル」とは、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツのことだ。軽口の裏に、強烈な競争意識が透けて見えた。そして、なぜかスニーカーを履いていた。
発表が始まると、彼は一気に空気を支配した。プレゼンは単なる製品説明ではない。未来のコンピューティング像を提示する構想発表だった。NeXTは商業的には大成功とは言えなかった。しかし、後にMac OS XやiOSの基盤となる技術を内包していたことを思えば、あれは布石だったと分かる。世界で初めてウェブサーバー(WWW)が運用されたのはNeXTだった。短期の損益より、長期の構造を選ぶ。
その意思決定こそが彼の本質だった。その後も何度かインタビュー撮影の機会をNeXTで得た。彼は突然、「神道とは何だ」「俺の1分はいくらだと思う」「なぜライカがいいのか」と問いかけてくる。時間の価値、思想の背景、本質へのこだわり。会話は常に抽象度が高かった。時には直前に取材をキャンセルされもしたが、それも彼の優先順位が明確だった証拠だ。悔しいのでNEXTというナンバープレートの彼のベンツを撮影して帰った。
1993年、IT賢者のポートレイト写真集制作のためにモットーを教えてほしいと求めると、彼はFAXで「オブジェクト指向プログラミングは90年代の革命である」と送ってきた。技術トレンドを語っているようでいて、実際は“構造の転換”を見ていたのだ。部品ではなく、全体設計を変えること━━。それが彼の視点だった。



