「足の小指の変化」を、リアルタイムでは見られない理由
足の小指は失われつつあるという広く出回っている「物語」は、そうした変化を我々がリアルタイムで見られるわけではない、という点において間違っている。しかし、こうした誤りは、心理学的には理解できる。我々は、自分の体を「変化するもの」として体験しているため、進化による縮小を、ヒトの時間尺度で、世代ごとに起こっていると考えるのも無理はない。しかし、実際は違う。自分の小指と、曾祖母の小指を測定して、違いを検出することはできない。その縮小は、ヒトの足指と類人猿のそれを比較したり、ヒトの足と、初期ヒト属の足の化石を比較したりすることでしか確認できない。
生物学では、祖先から受け継いだものの、やがて縮小・簡略化した特徴を「痕跡器官」と呼ぶ。「親知らず」はよく知られた例であり、尾骨もその一つだ。これらはいずれも、足の小指と同じく、個人によるばらつきが大きい。これらに共通するのは「選択圧の緩和(Relaxed selection)」だ。これは、かつてその構造を維持していた圧力が消え、解剖学的構造が自由に変化するようになる現象を指す。
「足の小指は退化しつつある」と、なぜ言い切れないのか
だからといって、足の小指が機能していないわけではない。歩く際に、足の外側部は依然として荷重を支えており、小指はバランスの維持と、直立姿勢を保つための圧力情報を神経系が随時伝える役割に寄与している。足の小指を失った人は、さほど苦労せずに適応する場合が多いが、それは、足の小指が何の役にも立っていないことを意味するものではない。
先に挙げた2018年のX線研究は、小指の骨が癒合していても、足の機能にはおそらく何の影響もないと結論付け、この分野における我々の知識の限界を明確に示した。したがって、「退化」より「縮小」と表現する方が、実態をより正確に表しているかもしれない(こうした言葉の使い分けは、靴を買う人よりも、解剖学者にとって、より重要な意味を持つものだが)。
とはいえ、靴もまた、はっきりさせておく価値のある問題だ。なぜなら、それはもう一つの、魅力的だが誤った直感を示すからだ。履物は、人の一生という短い期間に、測定可能なレベルで足の形を変えてしまう。2018年に『Scientific Reports』誌に発表された研究では、従来の靴を履く男性集団と、ほとんど裸足に近い簡素なサンダル(ワラーチ)を履くメキシコの男性集団を比較したところ、簡素な履物を履く集団の方が、足の小指側を走る筋肉を含めて、足の内在筋がより大きく、土踏まずのアーチもより硬いことが明らかになった。
この結果から、足を閉じ込めるような靴を何世紀にもわたって着用することは、我々の子孫を「4本指の足」に向かわせているのだと推測したくなる。しかし、後天的な損傷は遺伝しないため、そのようなことは起こらない。
同じ理由から、人間が小指を完全に失うだろうという確信に満ちた予測も、単なる憶測に過ぎない。持続的な選択圧こそが、その種の変化を生み出す。ウマが最終的に一本の趾(足指)で立つようになったのも、その一例だ。2017年に『Proceedings of the Royal Society B』誌で発表された研究は、ウマ科の化石属13属を対象に、骨の内部構造を通じてこの変化を追跡している。これによると、変化が完了するまでには数千万年にわたる選択圧が必要だった。
現時点で、ヒトの足指サイズが、子どもを持つ確率などに影響を与えているという証拠はない。したがって、足の小指はおそらく今後も、ほぼ現在の状態で残るだろう(少しだけ滑稽だが、もはやそれほど注意を向けられることもないままに)。結局のところ、足の小指が未完成に見えるのは、それを消失という形で積極的に「完成」させる力がいまだに働いていないせいなのかもしれない。


