リーダーシップ

2026.08.24 17:29

「確実性」という自傷行為をやめる。代わりに手放すべきものとは

stock.adobe.com

stock.adobe.com

現在、リーダーたちの間に、仕事量とはまったく関係のない、ある種の疲弊が生じている。一向に静まる気配のないニュースサイクル。誰も処理しきれないスピードで増え続ける受信トレイ。逼迫する予算、怒り狂うクライアント、声を荒らげる上層部――あるいは、時としてそれ以上に厄介な、沈黙するリーダーたち。

現実問題として、こうした疲弊の原因のほとんどは「引き算(削除)」することができない。経済を消去することはできないし、地政学リスクの配信を停止することもできない。どれほどそう望んだとしても、厄介なクライアントを常に解雇できるわけではないし、組織図をその都度書き直せるわけでもないのだ。

では、いま引き算が助けになるとしたら、それはどこから始めるべきなのか。「コントロールできるという幻想」を引き算してみてはどうだろうか。

誤解のないように言っておくと、これは責任を放棄したり、関心を薄めたりせよという話ではない。「もっと頑張り、もっと注意深く見張り、あらゆる結果の一歩先を行けば、ようやく安心できるはずだ」という、あの特有の消耗を招く信念を手放そう、という誘いだ。

パフォーマンスとしての確実性

先日、フォーチュン500企業の経営層に激変期の舵取りを助言するリーダーシップコンサルタントで、『Aftershock 2030』の著者でもあるキャロライン・ストークスに、この考えをぶつけてみた。以前彼女が語り、私の心に残っていた言葉──「いま自分たちには確実性があると信じ込むことは、ガスライティングの一種であり、自傷行為ですらある」──に触れたのだ。彼女の返答は即座だった。「賢い人なら、自分が本当に確実だなんて思わない」と彼女は言った。

確実性を装うこと、それはまさに「演技」だ、と彼女は指摘する。リーダーたちは、その場の誰もが実情を分かっているにもかかわらず、取締役会に対し、チームに対し、そして自分自身に対して、この演技を延々と続けている。「その自傷行為をやめれば」と彼女は言った。「自分にも周囲にも『確実だ』と言い聞かせ続ける精神的な罠から抜け出せる。実際には、そんなことがあり得ないと自分も(おそらく周囲も)分かっているのだから」

この捉え直しは重要だ。なぜなら、多くのリーダーがいま感じている疲弊は、抱えているものの「量」だけから来ているのではないからだ。自分自身の英知が信じてもいない「確実性の姿勢」を維持し続けることから来ているのだ。

私が痛い思いをして学んだこと

私自身も、自分の仕事の中で、これに似たものを小さなスケールで感じてきた。アドバイザーとして、私はかつて「気にかけること」と「コントロールすること」を混同していた。もっと明確にアイデアを説明すれば、あるいは適切なタイミングでフォローアップすれば、意図通りに相手に届くはずだ、と。しかしいつしか、他人の学びの軌跡を自分が管理できるという幻想を手放さざるを得なくなった。アイデアを共有するのはやめなかった。ただ、それを共有したあとの結果に執着するのをやめたのだ。そのひとつの引き算から返ってきたエネルギーは、思いがけない安堵だった。

立ち止まって、自分が何をしているのか、なぜしているのかを本当に見つめる時間を取らなければ、「助けを差し出すこと」と「その結末にしがみつくこと」の境界に気づけなかっただろう。

「ロール」の前に「ストップ」を

私がリーダーたちと実践している「ストップ・ドロップ・ロール」メソッドにおいて、「ストップ」は生産性テクニックでも、雑音からの休憩でもない。それは観察の実践だ。何が事実で何が噂か、何が緊急で何が本当に重要か、そしてカレンダーが認める前に自分の身体がすでに知っていることは何かを見極める作業である。

この一時停止が明らかにするものは、静かに、しかし決定的だ。あなたが背負っているすべてが、実は「必須」ではない。その一部は時代遅れの習慣だ。そしてまた一部は、かつての自分──どう生き延び、どう先を行き、どう価値ある存在と見なされるかを学んだ古い自分──に属していて、いま自分がいるこの瞬間には役立っていないのだ。

コントロールできるという幻想を手放しても、現実の制約が消えるわけではない。だが、それはもっと有益なことをしてくれる。「ロール(前進)」するのに十分なエネルギーを解放し、残ったものに意味を与え、防御的にではなく意図的に自分の力の注ぎ方を選べるようにしてくれるのだ。ヴィクトール・フランクルが語った、「説得力ある『なぜ』があれば、人はほとんどどんな『どうやって』にも耐えられる」という洞察は、極限状況にだけ当てはまるわけではない。厳しい四半期にも当てはまる。全体像が消えると、困難は「つらい」ではなく「無意味」に感じられ始める。そちらのほうが、はるかに重たい荷物だ。

最後に、小さな問いを

始めるのに、大掛かりな棚卸しは要らない。まだ何かを直そうとせず、正直に、たった二つの問いを自分に投げかけるだけでいい。

私はここで、実際にはコントロールできないものを、何とかコントロールしようとしていないか。

そしてその奥にある問い──この状況で本当は自分がコントロールできることのうち、より難しく、より小さく、あるいは幻想よりも居心地の悪いという理由で、私が避けてきたものは何か。

この二つ目の問いこそが、多くの場合、本当の仕事──そして本当の安堵──が始まる場所だ。

forbes.com 原文

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事