AIの台頭により、企業経営の前提は大きく揺らいでいる。
既存業務を効率化するための技術としてAIを捉えるのか。それとも、事業、組織、人材、データのあり方そのものを見直す契機と捉えるのか。いま経営者には、これまでの延長線上にはない判断が求められている。
Forbes JAPANが主催し、IBMが協賛する、文化体験×AIラウンドテーブルシリーズ「GO Next. | Leaders’ Board -羅針-」第1回で行われた対話を、抜粋してお届けする。
600年の歴史が問いかける「何を変え、何を残すのか」
東京・芝公園。大殿の背後に東京タワーを望む増上寺は、600年以上の歴史をいまの東京の風景の中に残す場所だ。
その地に、金融、通信、製造、ヘルスケア、メディア、流通、不動産、デジタルサービスなど、多様な産業の経営層が集った。いずれも、経営、IT、デジタル、AI変革を担うCxO・役員クラスのリーダーたちである。歴史ある寺院を舞台に、彼らが向き合ったのは、「AI時代に企業は何を変え、何を残すのか」という問いだった。
「GO Next. | Leaders’ Board -羅針-」は、AI時代の経営判断をテーマに、各産業のCxO・役員クラスが集うクローズドな対話形式の双方向プログラム。第1回の舞台となったのは、東京で長い歴史を持つ増上寺だ。参加者たちは、日本文化に根付く精神性に触れながら、AI時代の企業変革に必要な経営判断(GO)について対話を深めた。

この日のテーマは「Legacy and Evolution(不変と変革)」。AIという最先端のテーマを語る場として、なぜ増上寺なのか。その意味は、冒頭の文化体験を通じて少しずつ見えてきた。

参加者は僧侶の案内で境内や堂内を巡り、徳川家との関わりや、戦災を経て受け継がれてきた歴史に触れた。さらに、木魚を打ちながら念仏を唱える体験を通じて、増上寺に長く受け継がれてきた祈りのかたちを体感した。

時代が変わっても、残り続けるものがある。一方で、変わらなければ守れないものもある。増上寺での文化体験は、「何を変え、何を残すのか」という問いを浮かび上がらせる時間となった。
AI活用は、既存業務の効率化から「本業の再定義」へ

文化体験に続いて行われたトークセッションでは、三井住友フィナンシャルグループ執行役専務グループCDIOの磯和啓雄と、キャディ部門執行役員VP of Engineeringであり一般社団法人日本CTO協会理事の藤倉成太が登壇。Forbes JAPAN Web編集長の谷本有香がモデレーターを務めた。

谷本が冒頭で投げかけたのは、「日本企業のAI活用はどこまで進み、経営者はいま何を判断すべきなのか?」という問いだった。AIの導入は急速に広がっている。だが、それは企業の競争力にどこまでつながっているのか。議論は、AI活用の現在地を確認するところから始まった。
「日本企業におけるAI活用は、いまある業務プロセスの合理化に寄りがちです。文章作成、翻訳、社内問い合わせ対応、事務作業の効率化。こうした取り組みは広がっている一方で、AIを前提に業務プロセスそのものを変えたり、新たなビジネスを生み出したりする段階には、まだ十分に到達していません」(磯和)
海外では、AIを起点にビジネスモデルや業務設計を組み替える動きも進み始めている。磯和の問題提起は、AIを既存業務の延長線上で使うのか、それとも企業の価値創造そのものを見直す契機にするのかという点にある。

では、日本企業が「価値創造の再定義」の領域へ踏み出すためには何が必要なのか。
磯和が語ったのは、AI活用を事業変革につなげるための「前提づくり」の重要性だ。
社内のデータやシステムが部門ごとに分断されていれば、AIが参照できる情報は限られる。既存システムやオンプレミス環境が複雑に残っていれば、新しい業務プロセスを設計しようとしても、実装の段階で壁に突き当たる。
さらに、金融業界のように高いセキュリティや説明責任が求められる領域では、AIの活用範囲をどこまで広げるかにも慎重な判断が必要になる。業務、データ、システム、組織を個別に考えるのではなく、経営としてどうつなぎ直すのか。その意思決定が変革の成否を左右すると説いた。

一方、一般社団法人日本CTO協会理事でもある藤倉は、エンジニアリングや開発組織の視点から、AIエージェントの進化がすでに人の仕事や組織のあり方を変え始めていると話した。
「ソフトウェア開発の現場では、AIがコードを書いたり、テストを支援したり、調査や設計の一部を担ったりする動きが活発に進んでいます。今後は、人の作業をAIが補助する段階から、業務プロセスそのものをAIエージェントと組み合わせて設計する段階へと移っていくでしょう」(藤倉)
そのとき重要になるのは、人が判断すべきことと、AIに任せることをどう切り分けるかだ。
「判断基準や承認プロセスが曖昧なままでは、AIは本質的な変革の担い手になるのは難しいでしょう。人間が暗黙のうちに行ってきた判断を言語化し、組織の中でどのように責任を持つのか。AIエージェント時代の組織設計は、そこから始まるのだと思います」(藤倉)
AIの進化は、働く人を単にAIに置き換えるものではない。むしろ、人間が何に集中すべきかを問い直す契機となる。AIを前提に、自社の業務をどう作り変えるのか。人と組織の役割をどう再定義するのか。その問いを受け取るように、参加者たちはワークショップへと進んだ。
業種を超えたリーダー同士の対話から浮かび上がった、経営判断の壁
トークセッション後、参加者はグループごとに分かれ、AI変革をめぐる自社の課題について議論するワークショップを実施した。その入口として用意されたのが、「7つの決断チェックシート」だ。
参加者は、AIを前提に既存業務をどこまで見直せているのか、本業をどう再定義するのか、人材や組織をどう変えるのか、データ共有や標準化、部門横断、外部との共創をどこまで進められているのかといった観点から、自社の現在地を整理したうえで議論をスタートさせた。

あるグループでは、AIによって本業の前提が変わる可能性が語られた。たとえば金融取引は、将来的に買い物、移動、住まい、資産形成など、顧客が実現したい行動や体験の裏側でAIによって自動的に処理されるようになり、顧客からは見えにくくなるかもしれない。そうなれば、店舗や窓口、既存の営業活動を起点とした顧客接点の意味も変わっていく。AIは業務効率化どころか、本業の輪郭を変えてしまう存在になり得るという。
また、製造業の視点からは、日本企業の勝ち筋として「AI×フィジカル」の可能性が提示された。ソフトウェアだけではなく、ものづくり、設備、品質、技術といった財産とAIをどう結びつけるのか。デジタルだけでは完結しない領域に、日本企業が培ってきた強みを見いだせるのではないかという見立てが語られた。
別のグループでは、すでにAI活用を進めてきた企業ならではの課題も共有された。AIを導入するかどうかではなく、AIを前提に人材や組織をどう設計し直すか。どの業務をAIに任せ、どこに人の判断を残し、誰が説明責任を担うのか。AI活用が進むほど、人と組織のあり方を問い直す必要性が高まっているようだ。
参加者の熱量が一段と高まったのが、「捨てる」ことをめぐる議論が始まったときだ。
AI変革では、古い業務や使われなくなった膨大なデータをどう整理するかが問われる。これまで企業は、管理負荷を下げ、事業を効率的に前進させるために、不要と判断した業務やデータを切り捨ててきた。しかし参加者からは、「それは本当に捨てるべきものなのか」という問いも示された。これまで活用しきれなかった過去のデータや知見・ノウハウも、AIエージェントの進化によって、再び価値を持つ可能性があるからだ。
変革の足かせに見えていたものが、AI時代には競争力の源泉になるかもしれない。だからこそ、「何を残し、何を捨てるのか」は、自社の強みをどこに見いだすかという重要な経営判断の一つになるのだろう。

AIが進化するほどに問われる、人間の役割
各グループのまとめの発表で、ある問いが提示された。「AIによって業務が効率化される時代に、人は空いた時間をどう使い、何を高めていくのか」。
また「最後に問われるのは、そこに『魂』があるか」という発言もあった。AIが多くの作業を担うようになるからこそ、人間には、より深く考え、自らの感性や判断力を磨き、次の価値を生み出すことが求められる。AIの考えに「魂」を宿すこととは、最後に覚悟を持って実行・判断できるかだ、という経営者の本質的な役割が共有された。

発表の後、日本IBM 執行役員兼技術理事技術戦略本部統括の藤田一郎から、IBM自身が「Client Zero」として取り組んできたDX・AI実装のプロセスが紹介された。藤田によれば、IBMはAIとハイブリッドクラウドを軸に自社変革を進め、2025年末までに45億ドル、約7,000億円規模の価値創出につなげてきたという。
その成果を支えているのは、単に高度なAIツールを導入したことではない。AI導入の前に、業務の複雑性を取り除き、プロセスを簡素化し、自動化しやすい形へ整えることが重要だと藤田は述べた。
さらに、全社レベルでのデータ統合とガバナンス、ハイブリッドクラウド基盤によるシステム連携、AIを前提に働くための人材育成や組織設計も欠かせない要素として挙げた。
AIを語ることと、AIを実装することの間には距離がある。その距離を埋めるには、業務、データ、組織、文化、ITを丸ごと整えていく地道な取り組みが必要だ。IBMの実践知は、参加者が自社の変革を考えるうえで、具体的なヒントとなっただろう。
AI時代の経営判断は、対話の中で磨かれる
すべてのプログラムを終えた後、参加者は増上寺にちなんだ精進料理を囲み、交流を深めた。肉や魚を使わない「もどき料理」などを味わいながら、会話は尽きることなく続いた。
今回のラウンドテーブルを通じて見えてきたのは、AI時代の経営判断が、単なる技術導入の問題ではないということだった。企業は、何を変え、何を残すのか。AIによって業務や組織の前提が変わる中で、人間は何を担うのか。過去の資産や知見を、どのように次の価値へ変えていくのか。
正解は一社の中だけにあるわけではない。異なる産業、異なる立場、異なる経験を持つリーダー同士の対話を通じて、自社だけでは見えなかった新たな問いやアイデアが浮かび上がるのではないだろうか。
ある参加者は、長い歴史を持つ増上寺でAIを語ることの意味を振り返った。「AIがどれほど進化しても、日本文化や人間の営みは続いていく。だからこそ、この場所でAIについて議論することは、技術が進化した先に、人間が何を大切にし、どのような価値を担い続けるのかを見つめ直す機会でもあった」と述べた。
増上寺で交わされた対話は、参加者それぞれにとって、AI時代の経営判断(GO)を考えるための羅針盤となっただろう。変化の時代に、何を守り、何を変えるのか。その問いに向き合うことから、次の一歩は始まる。
日本IBMが描くAIの成長戦略
https://www.ibm.com/jp-ja/campaign/ibm-and-ai-strategy



