しかしこうした政府側の「譲歩」にもかかわらず、英国国民は他の西側諸国に類を見ないような一定の監視の対象となるわけで、その将来はバラ色とは言えない。
調査権限法案のほとんどは、単にセキュリティ・サービスがこれまでやっていたこと、つまり最近まで秘密裏に行われていたことを合法化するに過ぎない。このようにセキュリティ・サービスは大量の個人通信データを収集し、警察と共同でコンピュータや電話回線に侵入して盗聴を行うことが特別に許されているのだ。
同時に、同法案はインターネット接続サービス企業に対し、すべての顧客が訪問したウェブサイトのアドレスを記録するように求めている。それらのデータは12ヶ月間保存され、命令に応じて警察、セキュリティ・サービス、その他官庁に提出されることになる。
間違いのないようにしていただきたいのは、これは攻撃意図の有無にかかわらず英国のあらゆるインターネット利用者に対して適用されるということだ。
同法案の発表時、内相のテレサ・メイは、同法案を作成するにあたっては公民権擁護団体とも連絡を取り合ったと言っている。しかしながら、この最終法案は世界で最も抑圧的とされる政治体制以外では類を見ないものとなっており、連絡を取り合った結果がこの最終法案にどのような影響を与えたのか、はなはだ疑問である。
Open Rights Groupの事務局長ジム・キロック氏は、法案を一読後、この法案は現在よりもさらに踏み込んだ調査を行う権限を得るための試みであり、国家にハッキングの権限を与え、人々のインターネット上の安全を脅かすものだと話している。
奇妙なことに、メイ内相は国会での法案発表の際、同法案が必要であることの理由の一つとして英国におけるハッキング攻撃の多さを挙げている。
しかし、数千人もの個人データが漏洩したとされる最近のTalkTalkおよびボーダフォンに対するハッキング攻撃を見るにつけ、サービス提供業者がデータを安全に管理してくれるものと単純に信頼することはできない。もしそのデータにポルノサイトへの訪問履歴も含まれているとしたら、これはAshley Madisonのデータ漏洩よりも深刻な問題を引き起こしかねない。
この法案には、緊急の場合以外、データの提供には裁判所の命令を必要とするという公民権擁護団体向けの小さな譲歩が含まれている。そして、プライバシーが守られていて、その記録にアクセスするには首相の個人的な認可を必要とする特別なグループも存在する。つまり国会議員達である。
もっとも、法案が成立しない可能性も多少は残されている。法案はこれから議会の委員会に回され、この委員会が第三者委員会の証言を得た後に勧告を行う。2012年、「通信データ法案」を通そうとする政府の最後の試みは、この段階で廃案となっている。
利用者に気付かれないように通信データを包括的に保全することが果たして合法なのかどうかという点も大きな疑問である。
最近までEUのデータ保持指令は、欧州の通信企業に対し、通信の場所およびトラフィックに関するデータを収集して6ヶ月から2年の間保全することを義務付けていた。
しかしながら、昨年、欧州司法裁判所は、こうした行為はプライバシーの尊重および個人情報の保護という基本的な権利を著しく侵害するものであるとして、禁止の判断を下した。
英国政府は、データ保全および調査権限法の国会での成立を急ぐことで、この決定を回避したが、この法律自体が最近、高等裁判所によって違法と判断された。政府は控訴しているが、利用者に気付かれないような包括的なデータ収集や保全が許可されるだろうと当てにすることはできない。ましてや、調査権限の更なる拡大など言うに及ばない。
しかし、デビッド・キャメロン首相は、この法案は当国会における最重要法案の一つであると語っている。つまり、キャメロン首相は簡単にあきらめないということだ。この法案が通ったら、次には何が来るのだろう。首相は、テロリストたちに安全に通信できる場所を与えないと繰り返し語っている。あなたのリビングルームが監視されるようになるまで、あとどれくらいなのであろうか。