ニッカウヰスキー創業90周年を記念して、2024年10月に発売されたウイスキーブランド「ニッカ フロンティア」。創業から一貫して重視してきたのが、スコットランドからウイスキーづくりの技術と精神を持ち帰った創業者・竹鶴政孝に象徴される、フロンティアスピリットだ。
本連載は、「ニッカ フロンティア」に受け継がれているフロンティアスピリットに共鳴する人物にインタビューする企画。困難に立ち向かい、新たな道を切り拓いてきたパイオニアたちは、どのような熱き思いを胸に秘めているのだろうか。
第4回に登場するのは、2006年トリノ五輪フィギュアスケート女子シングルで金メダルに輝き、現在はアイスショー「フレンズオンアイス」のプロデューサー、プロスケーター、解説者としても活躍する荒川静香。アマチュア時代の“競い合う”世界から、かつてライバルだったスケーターたちと“ともに作品をつくり上げる”世界へ――役割も景色も一変した道のりの中で、彼女がずっと手放さなかった「挑戦」との向き合い方について聞いた。
挑戦者に寄り添う、スモーキーで骨太な味わい
1918年、日本にはまだウイスキーが根付いていなかった時代。一人の青年が単身スコットランドへ渡った。後にニッカウヰスキーを創業する竹鶴政孝だ。
未知の世界に飛び込み、本場のウイスキーづくりを学ぶという挑戦は、日本のウイスキー史を切り拓く第一歩となった。後年、「頭の良い日本の青年が、一本の万年筆とノートでウイスキーづくりの秘密を盗んでいった」と英国首相がユーモアを交えて語った逸話は、その挑戦心を今に伝えている。
未知に挑み、自ら道を切り拓く。「フロンティアスピリット」は、創業者から現代まで受け継がれるニッカのDNAそのもの。
2024年、創業90周年を機にその挑戦心に立ち返って誕生したのが、「ニッカ フロンティア」。創業者から受け継がれるフロンティアスピリットを、現代に体現するウイスキーだ。
余市蒸溜所のヘビーピートモルトをキーモルトとして使用。アルコール分48%、モルト比率51%以上と原酒本来の濃密な風味を残し、瓶詰め前の冷却ろ過を行わないノンチルフィルタード製法を採用することで、より豊かな深みを目指した。
あたりまえを超える挑戦を重ねて辿り着いた、薫り高くスモーキーなウイスキー。骨太な味わいながらも、マーマレードのような柑橘のニュアンスも感じられる、こだわりぬいたブレンドとなっている。

また、デザインにもフロンティアスピリットを込めている。ニッカの頭文字Nを配した、大胆なクリアなボトル。シンプルながらも堂々とした佇まいは、自信の証だ。
推奨する飲み方である「フロートハイボール」は、ウイスキーを炭酸水に浮かべることで、一口目はストレート、次にロック、次第にハイボールへと味わいが変化していく自由度の高い体験を提供する。
荒川は「ニッカ フロンティア」について、一口目のインパクトが強く、ウイスキーを嗜む醍醐味を感じたという。
「飲んだ瞬間にスモーキーな薫りが鼻から抜けていくような感覚があり、それが新鮮でした。もともと私はしっかりとした味わいのお酒が好きなので、ニッカ フロンティアの芳醇な香りが広がっていく感じが心地よく、ついつい手が伸びました。それでいて、アルコール度数の高さを感じさせない飲みやすさもある。体にすっと心地よく入ってくる感覚があって、こういうのが『いいお酒』なんだろうなと感じます。私は一人でじっくりお酒を味わいたい時にウイスキーを選ぶことが多いので、スモーキーでしっかりとした味わいは、そういった時にピッタリなお酒だと思います」
「完璧」がないから、探求心が尽きないフィギュアスケート
荒川のキャリアを振り返ってみると、どうしても「日本人初のフィギュアスケート金メダリスト」という肩書きが先行する。しかし幼少期から期待されつつも、ケガやスランプで思い通りの結果を出せない時期もあった。それでもフィギュアスケートという競技に長く向き合い続けられた理由を尋ねると、返ってきたのは「完璧がないから」という言葉だった。
「ジャンプもスピンも表現もとても奥深く、フィギュアスケートは『極めた』と感じる瞬間が一生来ない競技なんです。私はもともと器用貧乏でわりとなんでもこなすタイプなのですが、スケートはそういった側面から飽きるということがなかった。世界にはジャンプが得意、スピンが得意など、自分とは全然異なるタイプの選手がたくさんいて、その存在にも刺激されてきました」
では、競技人生を振り返って最も苦しかった時期はどのタイミングだったのか。
「一番苦しかったのは、2004年の世界選手権で優勝した後の1年間でした。満足のいく滑りをして頂点に立ったはずなのに、次に何を目指せばいいのかわからなくなってしまって。自分がやりたいことが見えていない状態が、一番つらかったです」
もともと荒川は、世界選手権での優勝を機に引退し、プロスケーターとしてアイスショーの世界に移ることを思い描いていた。ところが、優勝したタイミングはトリノ五輪が視界に入り始めた時期と重なっていた。この華々しい結果は周囲の期待を一気に膨らませ、荒川自身も引退の決断を下せないまま、目的を見失った状態で時間だけが過ぎていく。やるかやらないかを迷い続けたこの停滞こそが挫折の本質だったと荒川は振り返る。
そこから抜け出すきっかけとなったのは、目標の再設定だった。
「メダルという“結果”ではなく、『明日スケートができなくなっても悔いがない』と思えるぐらいに毎日をやりきり、競技生活を『卒業』するという“過程”こそが私の目指すゴールだと気づきました。ゴールの捉え方を変えたことで、気持ちがすっと楽になりました」
しかしトリノ五輪での成功に向けては、もう一つ大きなハードルが待ち構えていた。

新ルールへ対応しながら、自分らしさも追求し続ける
トリノ五輪開催の前年となる2004-05シーズンで、フィギュアスケート界では新たな採点方式が採用され、多くの選手がプログラムの構成や技術面の見直しを迫られた。荒川自身、当時はアマチュア選手としてはベテランの域に入っていた。これまで培ってきた技術や構成を一度手放し、新たな技を一から習得するという新採点方式への対応は、簡単なことではなかったはずだ。
「本音を言えば、『いまからビールマンスピン(足を頭上に引き上げる高難度スピン)を覚えるの?』と軽く絶望しました(笑)。でもそれは競技を続ける以上、当然やるべきこと。自分の進むべき道が見えなかった1年間に比べたら、やるべきことが見えていることは私にとってはすごくいい状況。そのための努力は大した努力ではなかったんです」
そうして迎えたトリノ五輪。フリープログラムにおける、トゥーランドットのドラマチックな旋律と荒川の優雅な舞はいまでも人々の記憶に深く刻まれている。
その代名詞でもある「イナバウアー」は実は直接的な加点にはならない。それでもプログラムに組み込んだのは、コーチからの「人の心に残る戦いを」という言葉がきっかけだったという。
「あのタイミングでイナバウアーを入れることは、次のジャンプも含めて何分間、息を止めないといけないんだろう(笑)と思うぐらい体力的には厳しい構成ではあったんです。ただ、得点を追求するだけのプログラムは誰が滑っても同じようなものになってしまう。自分らしさを表現したことで、より多くの人に響く表現につながったのだと思います」
一つずつ積み重ねた先にあった、新境地
もともと荒川は、アマチュア時代にアメリカで観たアイスショーの世界に憧れを抱いていたという。その舞台に立てるのは、ごく一握りのトップ選手のみ。その世界に進むための切符である金メダルを手にしたことで、「競い合う」世界から「ともにつくる」世界へと、自然に軸足を移すことができたのだという。
引退後は、プロスケーターとして他のアイスショーに参加しながら、荒川は自身が企画したアイスショー「フレンズオンアイス」のプロデュースを手がけるようになる。
「たまたまアイスショーを企画できる機会をいただいたことがきっかけで、当時は長く続けられるとも思っていなかったのです。お客さまに届けたい世界があり、そのために目の前のことを一個一個やっていったことが形になり、いつの間にかプロデューサーになっていたという感覚なんです」
プロデューサーという新たな視座を得たことで発見も多かった。特に自身が輝くことよりも、他者の才能や魅力を発見し、それを最大限に引き出すことに喜びを見出すようになったという。かつて競い合ったスケーターたちと同じ舞台をともにつくり上げる過程は、荒川にとって新鮮な喜びでもあった。
「シングルの競技は基本、一人で世界をつくっていくものでした。でも今は、選手やスタッフのみんなと議論しながら『こういうのができるんじゃないか』と進めていける。それは競技とは全然異なる愉しさです」
もちろん、意見が対立する場面もある。そうした時、荒川がまず心がけているのは相手の意図を理解することだ。
「無理に自分の意見を通そうとはしません。スケーターであれスタッフであれ、相手もプロとして意見を伝えてくれている。だからこそ議論で最善策を探ります。やってみて、うまくいかなかったら軌道修正すればいい。やってみたからこそわかることもいっぱいあるので」
ショー全体を通じて、関わるすべての人が全員輝けるようバランスを調整すること。それが、プロデューサーとしての荒川が最も心を砕いている部分だ。そして、チームを率いる上で欠かせないのが「背中を見せる」リーダーシップだという。誰かに指示するのではなく、誰よりも自分自身が率先して動く。その姿勢が、周囲を巻き込む力になるのだという。
好奇心に従い、努力し続けることで見えてくる景色
こうして積み上げてきた「フレンズオンアイス」は今年で20周年を迎える。長く続けてきたからこそ見えてきたのは、新しく挑戦すべき部分と、大事に積み重ねていく部分を見極める難しさだ。これまでの自身の歩みを振り返って、荒川は「うまくいかないことを愉しんでいるんでしょうね」と笑いながら語った。
「うまくいった時の喜びが大きいことを知っているので、うまくいかない時期があっても、あまり引きずらないんです」
うまくいかない状況すら受け入れられるのは、「新しい景色を見たい」という純粋な好奇心だという。
「一歩を踏み出した道を正解にするために努力をすることで、当初目指したところじゃないところにたどり着くかもしれない。でもそれが人生の面白さでもあるんですよね。もちろん、うまくいかない期間が長く続く可能性は大いにある。そこで頑張らなかったら時間や努力は無駄になってしまうけれども、頑張ったら頑張った分だけ別のもので返ってくると私は信じてるんです。頑張った先に、どんな景色が待っているかを知りたいから、私は努力をし続けられる」
約100年前、単身スコットランドへ渡り、ウイスキーづくりという日本では誰も挑んだことのない領域に飛び込んだ竹鶴政孝。
荒川はそのエピソードに触れ、「海外に行くこと自体が挑戦だった時代に、本場でウイスキーづくりに挑戦されていて、その精神が本当にすごいなと思います。ただ、竹鶴さんも挑戦しようと思って行動されたわけではなく、どうやったらおいしいウイスキーをつくれるのかという好奇心に突き動かされたはず。彼もまた、新たな景色が見られると信じていたんだと思います」と語る。
見たい景色のために、今日も一歩を踏み出す。うまくいかないことさえも愉しみながら、そして自らの好奇心に突き動かされて前へ進み続ける。それこそが、荒川静香が体現するフロンティアスピリットだ。
「ニッカ フロンティア」は、ニッカウヰスキー創業90周年を機に、創業者・竹鶴政孝のフロンティアスピリットを継承してつくり上げられた商品。モルト比率51%以上、ノンチルフィルタード、アルコール度数48%という本格的な製法を採用しながら、多くの人に受け入れられる味わいを実現した。マーマレードを思わせるフルーティーさとしっかりとしたモルト香、心地よいスモーキーさ、コクのある飲み口、やわらかな甘さが続く余韻が特徴だ。
推奨する飲み方は、フロートハイボール。「ニッカ フロンティア」の薫り高さを感じながら、ストレート、ロック、ハイボールと味わいの変化が愉しめる。


着用衣装:Vネックセーター¥54,890、クルーネックセーター¥53,900、スカーフ¥25,300(すべてファルコネーリ/ファルコネーリ銀座店◆03-6264-5063)





