キャリア

2026.08.24 15:15

投資先の破綻に社長の横領 27歳でVCに挑んだGCP仮屋薗聡一が失敗から学んだこと

グロービス・キャピタル・パートナーズ共同創業者の仮屋薗聡一(撮影=曽川拓哉)

グロービス・キャピタル・パートナーズ共同創業者の仮屋薗聡一(撮影=曽川拓哉)

経営に深く入り込み事業成長を支える「ハンズオン」、そして創業間もないアーリーステージ企業への投資。この2つを日本のベンチャーキャピタル(VC)業界でどこよりも早く掲げ、実践してきた草分け的存在がグロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)だ。共同創業者の仮屋薗聡一は、ユーザーベースやアソビュー、オイシックスといった企業への投資・育成に携わるとともに、日本ベンチャーキャピタル協会の会長としてスタートアップ・エコシステムの発展を牽引してきた。
 
そうした実績を誇る一方、VC業界に飛び込んだ20代は、投資先企業の破綻や社長による横領などを経験した。さまざまな試練から学んだこととは何か。
 
Forbes JAPANが毎年実施している、世界を変える30歳未満の30人を選出する「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2026」のアドバイザリーボードを務めた仮屋薗に、30歳までに人間性や考え方を形づくった出来事を振り返ってもらった。受賞者の発表は、8月25日だ。


結果が明確なビジネスの世界へ

私がビジネスの分野に行こうと思ったのは、慶應義塾大学時代の経験が出発点です。法学部の政治学科で政治哲学のゼミに所属し、夏合宿では教授や先輩たちと議論を交わしました。ただ、政治の議論は主観と主観のぶつかり合いで、正解がありません。
 
自分の想いを実現するなら、結果が明確な世界の方がいい。上場することもあれば、清算に追い込まれることもある。ビジネスは、自分の想いを結果という形で示せる領域だと思いました。
 
ベンチャーキャピタル(VC)という職業を知ったのは、卒業論文の参考文献として読んだ本に紹介されていたのがきっかけでした。もともと私は表に立ってリーダーシップをとるよりも、「参謀」になりたいと考えていました。諸葛孔明のように、知恵と戦略で戦い方を構想し、裏から支える存在です。起業家という主役を後押しするVCという仕事は、自分が目指す姿と重なりました。
 
私が大学生だった1980年代は、シリコンバレーの黎明期。日本でVCという言葉を知っている人はほとんどいない時代でした。それでも挑戦しようと思った理由は、母校である鹿児島県のラ・サール中学校の校長から「世の中に貢献できる人物になりなさい」と、検事だった祖父からは「若い頃の苦労は買ってでもしろ」と、繰り返し言われていた言葉が根底にあったからです。VCは、社会にインパクトを与えられる仕事だと思い、リスクをとってでもやってみようと決意しました。

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文=露原直人 撮影=曽川拓哉

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