そして、VCの草分け的存在であるジャフコ(当時は日本合同ファイナンス)を受けて、内定をもらいました。行きますと返事もした。ところが、シリコンバレーで戦略コンサルティングの仕事をしていた先輩に「VCに行きます」と話したら、一言「アホか」と言われました。「VCというのは、経営者に資金を投じるだけでなく、『ハンズオン』でアドバイスをする仕事だ。お前に何ができる、先に経営を学べ」と。その言葉で内定を断り、まずは経営戦略のプロを目指そうと思って、三和総合研究所に入りました。
プロのコンサルは「経営者の頭上に穴を開ける」
三和総研に入ってからは、マッキンゼー・アンド・カンパニーやボストン コンサルティング グループの日本支社、コーポレイト ディレクションなどでパートナーを務めて独立した方たちに飛び込みで会いに行きました。自分が担当するプロジェクトにアドバイザーとして入ってもらえないかとお願いをし、一緒に仕事をすることで彼らから学ぼうと考えたんです。
そのなかのお一人から言われた言葉が、今も頭に残っています。「コンサルタントの仕事は、経営者の頭上の天井に穴を開けることだ。経営者が、もう一段上の視座で世の中を俯瞰できるようにし、そこからさまざまな戦略を考えられるようにしなければいけない」と。綺麗なプレゼン資料が結果を出すのではない。人を変えること、人を成長させることがプロフェッショナルだと教わりました。
日本では、1970年代から80年代にかけて戦略コンサル企業が誕生し、私が出会ってきたのは、まさにその立ち上げを担ってきた方々でした。私自身はVCを開拓してきたつもりですが、彼らからコンサルの仕事だけでなく、産業を開拓する気概まで学べたのは財産です。
27歳でVCに。経験した大成功と大失敗
その後、米国ピッツバーグ経営大学院の経営学修士(MBA)留学をしました。本当は、帰国後に会社に戻ることになっていたのですが、アメリカでVCを学ぶうちに、ますますその仕事に魅力を感じるようになりました。卒業数カ月前に、GCP代表パートナーの堀義人さんから、「VCを始める資金が集まりそうだから、帰ってきたら一緒にやらないか」と電話を受け、即決しました。三和総研に詫びを入れ、学費を返して、すぐにGCPで働き始めました。それが1996年、27歳のときのことです。
日本初の独立系ハンズオンVCをゼロから作るという挑戦でした。1号ファンドは13件の投資で、6件が上場しました。VCとしては大成功と言っていいかもしれません。でも、残り7件は大失敗でした。


