最近、新しい時計を買った。
フランス企業のWithings(ウィジングズ)の製品である。同社は長年にわたり、見た目は普通の腕時計でありながらヘルステクノロジーを搭載した製品を静かに世に送り出してきた。私の時計は丸い文字盤と昔ながらの針を備えている。心拍数、睡眠、活動量、そして増え続けるその他の健康指標を記録する。それでもほとんどの場合、そのテクノロジーは特に目立たない。手首に目をやると、私に見えるのは時刻である。
そこがApple Watchとは大きく異なる。Appleは、たまたま手首に装着する形をとった、きわめて優れた小型コンピューターを作り上げた。長方形の画面は、メッセージ、カレンダー、地図、アプリ、通知を表示するのに最適だ。手首を上げれば画面が点灯する。タップすれば、デジタルの世界全体が動き出す。Appleは時を経るごとに、そのデジタル世界をより豊かで有用、かつ洗練されたものにしてきた。
これらの製品を比較する際の一般的な見方は、Withingsは健康を重視する人のための時計を作り、Appleは手首にコンピューターを求める人のための時計を作っている、というものだ。それは確かにその通りである。しかし、この2つの時計の本当の違いは、企業が体験をどう作り出すかをめぐる哲学の違いにある。そして私たちが入りつつあるテクノロジーの新時代において、その違いははるかに大きな意味を持つかもしれない。
お化け屋敷型体験
お化け屋敷型の体験は、私たちを誰か別の人が作った世界へと引き込む。ハロウィーンの見事なお化け屋敷に入る場面を考えてみてほしい。扉をくぐった瞬間、私たちは一定のコントロールを手放す。どこへ進むのか、何を見るのか、いつカーテンの陰から何かが飛び出すのかは、誰か別の人が決めている。照明、音、狭い廊下、緻密にタイミングを計った驚きの演出が一体となって、私たちが何に気づき、どう感じるかを形作る。数分間、外の世界は消える。私たちは次に何が起きるかを決めるのをやめ、誰かが作った体験の中を導かれるままに進む。
ディズニーランドは、お化け屋敷型体験である。Facebookもそうだ。Chuck E. CheeseやRainforest Cafeもまた、お化け屋敷型体験である。独自の世界を作り、人々をその中へ招き入れる。この同じ哲学は、はるかに劇場的でないように見える体験にも表れている。車を買うこともそうだ。ホテルにチェックインすること、銀行口座を開くこと、医者に行くこともそうである。いずれの場合も、人は誰かが設計した環境に入り、一連のステップを進み、その途中に配置された選択肢に出合う。その体験は10分で終わることもあれば、数日続くこともある。しかしその時間において、企業はその旅路の作者になっている。
お化け屋敷型体験を作る人々は、その責任を真剣に受け止めている。各段階で顧客に何を見せ、何を考えさせ、何を感じさせるべきかを慎重に考える。重要な瞬間を特定し、人々がどこで混乱しそうかを予測し、次に何が起こるべきかを演出する。現代の顧客体験デザインの多くは、この発想から生まれた。CXチームは、顧客が最初に認知する段階から、検討、購入、利用、サポートに至るまでをたどるジャーニーマップを作る。そうしたすべての瞬間を通じて、一貫した流れを作るために力を尽くす。その仕事がうまくいっていると、顧客は背後の仕組みにほとんど気づかない。旅路はただ、必然のように感じられる。
Apple Watchは、お化け屋敷型体験を小型化したものだ。Appleは、私たちが手首を上げたときに何が起きるのか、画面に何が表示されるのか、そして私たちの注意が次にどこへ向かうのかを綿密に設計している。触覚フィードバックのタップが、何かが起きたことを知らせる。通知は読まれることを求める。アニメーションはアクティビティリングの完成を祝う。1つ1つのインタラクションは小さいが、それらが合わさることで、1日を通して私たちとともに移動する世界全体が生まれる。Appleはその世界を並外れて巧みに設計してきた。その力は、Appleが作り出した体験へと私たちの注意を引き寄せる能力に由来する。
ダイヤモンドリング型体験
ダイヤモンドリング型体験は、まったく異なる哲学に従う。企業は依然として重要なものを作るが、より大きな体験は顧客に属している。
婚約指輪を考えてみよう。宝石商は、婚約するという体験を設計するわけではない。プロポーズがどこで行われるのか、何が語られるのか、質問が終わる前に誰かが泣き出すのかを決めるわけでもない。その体験を作るのは2人である。指輪は決定的な瞬間に物語へ入り込み、その後に続くすべてのことへと2人とともに進んでいく。何年も後、その物はプロポーズ、結婚式、子ども、記念日、口論、和解、そしてその間にあるすべての平凡な日々の記憶を宿すかもしれない。人生がその周囲で続いていくからこそ、その意味は深まる。
そして誤解してはならないが、指輪は重要である。喜びに満ちた花嫁になる女性が友人たちに「私たち、結婚するの」と告げると、最初に出る質問の1つはおそらく「指輪を見せて」だろう。もし彼女が「実は、まだ指輪はないの」と答えれば、その婚約がどれほど本当なのか、誰もが一瞬考え込むかもしれない。指輪が重要な役割を果たすのは、はるかに大きなものに物理的な形を与えるからである。同じことをする製品やサービスは数多い。お気に入りのフライパンは、毎晩の夕食作りの一部になる。カメラは家族旅行の一部になる。ランニングシューズはマラソンのトレーニングの一部になる。こうした製品は、旅全体を自分たち中心のものにすることなく、体験を形作る助けとなる。
ダイヤモンドリング型体験を作るには、異なる発想が必要だ。デザイナーは、企業の境界を越えて存在する体験から考え始めなければならない。この人は何をしようとしているのか。その最中に何がその人にとって重要なのか。製品やサービスは、その体験をより容易に、より豊かに、あるいはより意味あるものにするうえで、どんな役割を果たせるのか。それにはある種の謙虚さが求められる。企業は次に何が起きるかをコントロールできないからだ。顧客はデザイナーが想定しなかった状況でその提供物を使い、企業が作り出すことなどできない意味をそこに結びつける。優れたダイヤモンドリング型製品は、誰か別の人の人生の中に場所を得る。
Withingsの時計は、そのように機能する。Apple Watchと同じことの一部を行う。しかし私が手首を見下ろすと、主に目に入るのは見栄えのよいダイバーズウォッチである。それは時刻を知らせ、私を自分がしていたことへ戻してくれる。テクノロジーは依然として重要な役割を果たしているが、その役割は私自身が作っている体験の中で果たされている。Withingsは私を自社の世界に引き込もうとしていない。同社のデザイナーは、静かに私の世界の一部になり得る物を作ったのである。
私たちを人質に取る
どちらの体験にも、それぞれの居場所がある。多くの人はディズニーランドに行くのが大好きだ。細部に至るまで想像され尽くした場所に足を踏み入れ、しばらくの間そこに身を委ねることには、素晴らしいものがある。
ただし、私たちはディズニーランドに住みたいわけではない。
歴史の大半において、お化け屋敷型体験には明確な出口があった。映画は終わり、照明がつく。レストランは勘定書を持ってくる。人々が一定時間、自分の注意を進んで明け渡したのは、その体験が最終的に注意を返してくれるからだった。境界線は取引の一部だったのである。
インターネットのビジネスモデルが、その取引を変えた。人間の注意を広告収入に変えられるようになると、企業にはお化け屋敷から出られないようにする強力なインセンティブが生まれた。体験は次第に終わりを失った。フィードは永遠にスクロールできる。次の動画は自動的に始まる。レコメンデーションエンジンは、人をあと1分、次にあと10分、さらにあと1時間と引き留めるものを予測する能力を着実に高めていった。製品の改良が重なるたびに、出口は少しずつ見つけにくくなった。
その論理はやがて、企業が成功を測る方法に組み込まれた。デイリーアクティブユーザーが重要になった。セッション時間が重要になった。クリック率が重要になった。プロダクトチームは、エンゲージメントを称賛することを学んだ。エンゲージメントが、販売可能な広告在庫を生み出すからである。最も成功したデジタル企業は、人間の注意を獲得し、それを保持し、再び呼び戻す方法を見つけることにおいて、並外れて巧みになった。
そのシステムは、この20年のテクノロジーを形作ってきた。そして私たち自身も形作ってきた。親は、子どもたちがスマートフォンの中に消えていくのを見ている。大人でさえスクリーンタイムの監視機能を入れ、アプリを削除し、数日後に再インストールする。マインドフルネス、デジタルデトックス、人々が集中力を取り戻す手助けをすることをめぐって、産業全体が生まれている。私たちは皆、出口を探している。
長年にわたり、私たちはこれを自制心の問題として扱ってきた。なぜか個人は、現代社会に不可欠な高価な製品を購入しながらも、その迷路で迷わないだけの規律を持つべきだとされてきた。
しかし希望はある。AIが注意の経済学を揺さぶる可能性は十分にある。
異なる種類の経済学
誰かがオンラインで情報を検索するときに何が起きるかを考えてみよう。従来の検索体験は、人々を旅へ送り出す。質問を入力すると、リンクの一覧ページが現れる。それらに目を通す。1つを選ぶ。読む。戻る。別のものを試す。クエリを修正する。再び検索する。この体験は非常に有用になり得る。そして追加のステップが1つ増えるたびに、誰かがあなたの注意をつかむ機会がまた1つ生まれる。
同じ質問をAIにすれば、その旅は折りたたまれる。システムは情報を吸収し、統合し、答えを返すことができる。誰かがAIに2つの契約書の比較、100ページの報告書の要約、会議前に未知の概念を説明することを求めるとき、その人をより長くとどめておくことに価値はほとんどない。ニーズを解決し、邪魔にならないところへ退くほど、その製品はより有用になる。
AIエージェントは、その論理をさらに押し進める可能性がある。航空券を予約し、会議を再調整し、食料品を注文し、保険請求について調べ、ケーブルテレビ会社と交渉するソフトウェアを想像してみてほしい。いずれの場合も、最良の体験とは、ほとんど体験がないことかもしれない。顧客が気にするのは結果である。テクノロジーを管理するために費やす余分な1分1分は、摩擦にすぎない。
AIの経済学には、もう1つの違いがある。大規模言語モデルは、考えるたびにコストがかかる。主要なAI APIは処理するトークン量に応じて価格が設定されているため、やり取りが長くなるほど計算資源を多く消費し、サービス提供コストも高くなることが多い。これは、もう1分の注意が新たな収益機会を生む広告ビジネスとは、ほぼ正反対のインセンティブを生み出し得る。多くのAI製品にとって、より少ないトークンでより速く答えにたどり着き、より少ないやり取りでタスクを達成することは、実際に経済性を改善し得る。こうしたインセンティブは、企業が私たちの注意を返してくれることを保証するものではない。しかし数十年ぶりに、テクノロジーが自らの役目が終わった時点を理解することに報いる仕組みになり得る。
これはデジタルデザインの経済学における、深い反転である。この20年間、世界で最も価値あるデジタル製品の多くは、私たちの注意をより多く消費することで価値を高めてきた。AIは、その消費を少なくすることで価値を生み出せる。企業は、どれだけ複雑さを引き受けるか、どれだけ時間を節約するか、テクノロジーが介入する前に人々がしていたことへどれだけ速く戻してあげられるかを競える。その世界では、製品と過ごす時間は失敗の証拠になり得る。
音声アシスタントは、この考え方の初期の姿を示している。夕食を作っているときに、私がAlexaに「大さじ1杯は小さじ何杯か」と尋ねると、その体験はあくまで私が家族のために夕食を作ることを中心にしたままである。手を止め、画面を開き、ページを読み、別の環境へ消えていく必要はない。テクノロジーは私の体験に入り込み、有用な何かを提供し、去っていく。AIはこの哲学を、ほぼあらゆるカテゴリーのデジタル製品にもたらすことができる。
テクノロジーの経済学が圧倒的に私たちの注意を捕まえることに有利だった20年を経て、AIはその一部を返すための強力な経済的インセンティブを生み出している。
注意を返す
もちろん、これによってアテンションエコノミーが消えることが保証されるわけではない。同じテクノロジーは、これまでのどんなものよりも強力なお化け屋敷型体験を作り出すこともできる。AIは、個人の好みに合わせた終わりのないエンターテインメント、常に言うべきことを知っているコンパニオン、人の関心を保ち続けるために絶えず適応するデジタル環境を生成できる。エンゲージメントの最大化をAIの仕事にすれば、おそらく恐ろしいほど巧みになるだろう。
それでも、私たちは数十年ぶりに、異なるモデルを手にしている。企業は、よりダイヤモンドリングに近い振る舞いをする製品を作ることができる。誰かが得ようとしているより大きな体験を理解し、そこに価値あるものをもたらし、その後は背景へと退くことができる。人々に絶えず自社の世界へ入るよう求めるのではなく、私たちの世界の中で生きるテクノロジーを設計できる。
この可能性は、リーダーたちの体験デザインに対する考え方を変えるはずだ。長年にわたり、企業は人々を1つのインタラクションから次のインタラクションへと進ませ続ける、切れ目のないジャーニーを設計するために膨大なエネルギーを投じてきた。目標は、より豊かで、より深く、より引き込まれる体験を作ることだった。AIは、別の野心の余地を生み出す。インタラクションを小さくすることである。ステップを取り除く。複雑さを吸収する。人々に必要なものを与え、その注意を人生の残りの部分へ返す。それは新しいユーザーインターフェースよりもはるかに大きな変化だ。人間の体験においてテクノロジーが果たす役割を変えるのである。
そこで、話は私の新しい時計へ戻る。Withingsの時計は、Apple Watchよりも野心的でないように見えるかもしれない。タップするものは少なく、入り込む世界は少なく、見つめ続ける理由も少ない。それでもその抑制の中には、優れたテクノロジーとは何であり得るのかについての異なるビジョンが含まれている。この時計は私の健康において重要な役割を果たし、そのうえで人生というより大きな体験が続くことを許してくれる。
AIが仕事をどう変えるかについて、私たちは多くを聞いてきた。AIが産業を破壊し、ビジネスモデルを書き換え、競争環境を再編するという話も聞いてきた。アテンションエコノミーに及ぼす影響も、同じくらい重大なものになるかもしれない。一世代ぶりに、最も価値あるテクノロジーの一部は、私たちに求めるものを少なくすることで成功する可能性がある。アテンションエコノミーは、私たちが手放せないテクノロジーを作ることを企業に教えた。AIは、私たちを放っておくべき時を知っている企業に報いる可能性がある。



