働き方

2026.08.23 09:12

なぜ優秀な人材ほど昇進を拒むのか──アイデンティティのギャップ

Adobe Stock

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今年、人事界隈で飛び交っている言葉がある。「ジョブ・ハギング(現在の職にしがみつくこと)」だ。従業員が昇進を目指して上の役職に手を伸ばす代わりに、現在の役割にとどまり続ける現象を指す。多くの経営幹部は、これを「景気の先行きが不透明ななかで、身を守るための警戒心によるもの」と捉えている。

だが、筆者はそうは思わない。少なくとも、それが全容ではないはずだ。

「アイデンティティ」の問題

まずはデータを見てみよう。DDIの「2025年グローバル・リーダーシップ・予測(Global Leadership Forecast)」によると、CHRO(最高人事責任者)の77%が、重要ポストの後継者候補の層の厚さに自信を持っていない。また、ランスタッドが2024年に行った調査では、働く人の39%が「今、昇進を打診されても断る」と回答している。この2つの結果を並べると、奇妙な構図が浮かび上がる。組織ではすぐに登用できるリーダーが不足しているにもかかわらず、その役割を担えるはずの人材が昇進を拒んでいるのだ。

これは採用の問題ではない。報酬の問題ですらない。「アイデンティティ」の問題なのだ。

筆者はヘルスケア分野の組織で30年にわたり営業チームやリーダーシップチームの構築に携わってきたが、このようなパターンを数え切れないほど目にしてきた。

私のチームに、優秀で現場からの信頼も厚く、複雑な案件が生じた際には誰もが頼りにする営業担当者がいた。書面上、彼女は1年以上前からディレクター(部長職)への登用が「即可能」な状態だった。しかし、私が昇進の話を持ち出すたびに、彼女は「時期尚早」である理由を並べた。チームの立ち上げにさらに時間が必要だ、まずは大型の契約更新を成立させたい、などだ。やがて私は理由を尋ねるのをやめ、彼女が自分自身をどのように語るかに耳を傾けるようになった。彼女は決して「私がディレクターになったら」とは言わず、「もしなったら」と言っていた。彼女にはスキルはあったが、アイデンティティが形成されていなかったのだ。

スキルの準備とアイデンティティの準備

多くの組織が実践している後継者計画は、この点をまったく捉えきれていない。標準的なモデルでは、人材を「今すぐ準備完了」「1〜2年で準備完了」「3年以上」といったバケツに仕分ける。しかし、そのすべてが測っているのは同じこと——その人物が「その仕事をこなせるか」だけだ。本人が「自分はその仕事を担うべき人間だ」と信じているかどうかを問いかけるモデルは、一つもないのである。

これこそ、ジョブ・ハギングが外からはリスク回避に見えながら、内情は異なる理由だ。DDIの研究でも、「現状にとどまる社員」は静かに後継者育成の障壁となり、エンゲージメントの低下を「安定」という形で覆い隠してしまう可能性があると警告している。

筆者はさらに一歩踏み込んで考えたい。現状にとどまる社員の一部は、意図的に何かを阻んでいるわけではない。彼らは、すでに確立された自身のアイデンティティに適合する役職にとどまっているだけであり、誰もその新しい役割に踏み出す前に、新しいアイデンティティを築く手助けをしていないのだ。

対話のあり方を変える

これを自信不足や人材不足ではなく、「アイデンティティのギャップ」として捉え直すと、アプローチは劇的に変わる。後継者育成に向けた対話は、「この人物にはまだどんな研修が必要か」ではなく、「この人物はすでに新しい役割における自分をイメージできているか。できていないなら、何が必要か」という問いへとシフトする。

これは、まったく異なる問いを投げかける、新しい対話である。そしてそれを主導するのは、9ボックス(人材プロット図)の評価シートにチェックを入れるだけでなく、部下の内面に向き合う多少の「やりにくさ」を厭わないマネージャーだ。

また、測定する対象も変わる。DDIの「HRインサイトレポート2025」によると、急な欠員が生じた際に、内部登用でまかなえる重要ポストはわずか49%にとどまる。これは人材供給(パイプライン)の問題のように思えるが、そのパイプラインにいる人材のうち、その役割を本当に望んでおり、自らが担うイメージを持てているかをストレートに尋ねられた人がどれだけいるだろうか。ほとんどの組織は尋ねようとしない。「準備ができていること(能力)」は「望んでいること(意欲)」であり、「意欲」は「アイデンティティ」とイコールであると決めつけているのだ。しかし、それは間違いだ。

より本質的な問いを投げかける

私のチームの営業担当者は、最終的にディレクター職を引き受けた。組織図で想定されていた時期より18カ月遅れてのことだ。その間に取り組んだのは、研修プログラムの受講ではない。「もし」を「いつ」へと変えていくための、一連の対話だった。組織内でジョブ・ハギングをしているすべての優秀な社員にこのギャップを掛け合わせてみれば、危機の本当の大きさがわかるだろう。課題は、応募者プールの不足にあるのではない。社員ができることと、彼らが「自分は何者であるか」と信じていることとの間にあるギャップにあるのだ。

解決策は、より優れた9ボックスを作ることではない。もっと早い段階で、より本質的な問いを投げかけることだ。すなわち、「この人物は役割を担う準備ができているか」ではなく、「この人物は、その役割が自分にふさわしいものだと信じているか」という問いである。

この問いを後継者育成プロセスに組み込まない限り、アイデンティティのギャップを採用問題と誤認し続け、「書面上の後継者リストは完璧なのに、実際には誰もいないのはなぜか」と悩み続けることになるだろう。

forbes.com 原文

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