これが重要なのは、自分自身に投資する意欲が乏しい人に、リーダーが繰り返しエネルギーを注ぐことには慎重であるべきだからだ。
これは、最も声が大きく、最も野心的な人だけを育てるべきだという意味ではない。野心は静かであることもある。幅広く読書をし、思慮深い質問をし、自分の技量を着実に高めている人は、次の昇進について常に語っている人よりもはるかに強い主体性を示しているかもしれない。
重要なシグナルは「動き」だ。あなたが扉を開けたとき、その人はそこを通り抜けるだろうか。
「公平なマネジメント」とは、部下全員に均等に時間を割くことではない
ここが、おそらく気まずい部分である。
優れたリーダーシップは、自分の時間を平等に配分することを求めない。求められるのは、機会を公正に配分することである。
すべての社員は、敬意、有益なフィードバック、そして成長するための妥当な機会を受けるに値する。しかし、平等な扱いとは、同一の投資を意味しない。人によっては、他の人よりはるかに多くの育成を望む。ある人は、他の人にはまだ早い機会に対して準備ができている。比較的小さな投資を、並外れた進歩に変える人もいる。
リーダーとメンバーの関係に関する研究は、マネジャーが社員ごとに異なる関係を自然に築くことを長く示してきた。そうではないふりをしても、その違いはなくならない。ただ、そのプロセスが不透明になるだけである。
したがってリーダーの責任は、選ぶことを避けることではない。より良い選択をし、その選択を見直せる状態にしておくことである。
それはつまり、すでに自分の関心を集めている人の外側に、ときどき目を向けることを意味する。誰が最も高い成果を上げているかではなく、誰が最も成長したかを問うこと。誰がフィードバックを行動に移すかを見ること。正式に求められていないにもかかわらず、貢献の幅を広げている社員を探すこと。
そしておそらく、ときには、まだ明確な理由を示していない人に投資することでもある。
人材育成には、避けられないパラドックスが含まれている。リーダーは自分の時間を投資する前に可能性の証拠を求めるが、社員はその証拠を示す前に、誰かからの投資を必要としていることが多い。
全員を平等に育てることはできない。
だが、昨日のお気に入りが自動的に明日のお気に入りになることは避けられる。
最高のリーダーは、単に才能を見つけるだけではない。
ときには、その才能が初めて見えるようになる理由そのものになるのだ。


