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2026.08.31 11:00

100言語で100万ページに込めた思い。集英社「MANGA MILLION」の狙い

2026年8月8日、集英社は創業100周年を迎えた。その記念企画として公開されたのが、100以上の言語、100万ページ超、約400作品を世界に向けて無料配信する「MANGA MILLION(マンガ ミリオン)」だ。これは、圧倒的な数のコンテンツを保有する「公式」が本気で作る、世界中に存在するマンガファンとの新たな接点であり、日本のマンガが広がる場を育てる挑戦である。

「MANGA MILLION」プロジェクトの責任者で「MANGA Plus by SHUEISHA」(以下、MANGA Plus)編集長を務める細野修平に、約2年間にわたり本企画を支援してきたアクセンチュアのプリンシパル・ディレクター、河野 猛が、その狙いと、未来を訊いた。


単行本約5,000冊分を公式が無料配信

河野 猛(写真右。以下、河野) 細野さんは、「MANGA Plus」と「MANGA MILLION」両方のサービスを統括されています。この2つのサービスの違いはどこにあるのでしょうか。

細野修平(写真左。以下、細野) どちらも無料で利用できるサービスですが、役割が違います。「MANGA Plus」は連載中の作品の最新話を世界に届けるためのサービスです。一方、「MANGA MILLION」は、これまで世界に届いていなかった名作と読者をつなぐサービスです。完結作品や過去作品を中心に期間限定で公開し(2027年12月まで)、広告も設けていません。

「MANGA MILLION」が利用できる間、読者には少しでも長くマンガに触れ、その時間を楽しんでもらいたいという考えからです。また、「MANGA Plus」は日本国内からは作品をご覧いただくことはできませんが、「MANGA MILLION」では、日本からも全107言語に翻訳された『ONE PIECE』(1〜12巻“東の海編”)をお楽しみいただけます。ルフィのあのセリフが本当にいろんな言語で見られます。ぜひ見てみてください。

全107言語に翻訳された『ONE PIECE』の一部。左からヒンディー語、ブルガリア語、ミャンマー語。
全107言語に翻訳された『ONE PIECE』の一部。左からヒンディー語、ブルガリア語、ミャンマー語。 ©️尾田栄一郎/集英社(集英社リリースより)

河野 最新のマンガが日本と同じタイミングで読める「MANGA Plus」があって、今回新たに「MANGA MILLION」がスタートしました。これはどんなところから始まったのでしょうか。

細野 社内で集英社100周年の記念企画の募集があった際の「100周年だから、100言語、100万ページ翻訳したら面白いのでは?」という、僕のシンプルな発想です。ただ、本当にやりたかったのは数字の達成ではありません。僕が編集長を務める「MANGA Plus」は、現在9言語で展開しています。この規模であっても、世界にはまだ大きな言語の壁があり、世界中に読者がいるのに、まだ届けられていない作品が数多く存在している、と感じていたというのもあります。

また、世界に広くマンガを届けたいと思う一方で、どうしても対峙しなければいけないのが、マンガ業界の大きな課題である海賊版対策です。その対策の第一歩は、公式が、できるだけ早く多くの作品を、現地の言葉で届けることだと考えています。だからこそ、「MANGA Plus」に加えて「100言語、100万ページ」という数字を設定することで、言語の壁を取り払い、日本のマンガの名作をもっと世界中の読者に届けたいと考えました。

河野 100言語、100万ページは、単行本換算で約5,000冊分にも相当するとも言われていますね。

細野 社内からは「本当にできるの?」という声があちらこちらからありましたが、それだけ挑戦する価値があると感じていましたし、今も感じています。

デジタルを起点にリアルへ広がる熱量

河野 「MANGA MILLION」を「やってよかった」と思える成功イメージはどんな状態でしょうか。

細野 まずは、シンプルに、本当に多くの人が日本のマンガを楽しんでくれることです。そしてその熱量が世界中に広がり、日本のマンガを扱う海外の現地出版社やパートナー企業をもっと巻き込んでいくことです。

実は、海外売り上げの9割以上が紙の出版です。現在、「MANGA Plus」は作品のショーケースのような役割を担っていて、「MANGA Plus」での読者の反応を見た現地ライセンシーから、我々に出版オファーが届くケースが増えています。今回の「MANGA MILLION」でも、同じような流れが生まれること、もっと言えば、「MANGA MILLION」で名作に触れて、マンガの面白さ、醍醐味にはまってもらう。次のステップとして、今どんどん生み出されている旬の新作マンガを「MANGA Plus」で楽しんでもらう。そして、この流れを受ける形で、海外での(紙の)出版点数が今以上に増えると最高にいいなと。そうした取り組みが広がることで、世界中の読者に公式作品を届ける機会が増え、より安心してマンガを楽しめる環境にもつながっていくのではないかと思っています。

そして、特にここ数年ですが、コロナ禍でアニメ視聴者が増えたことをきっかけに、アニメの原作であるマンガを読む海外読者が一挙に増加、かつ一般化したという実感があります。「MANGA Plus」でも、『ONE PIECE』や『カグラバチ』などの人気連載が更新されるときは、以前に増して大きく盛り上がるのを感じています。

河野 そういった熱量の増加を受けて、だと思いますが、最近はマンガ作品を核としたグッズ化事業の海外展開も進んでいますね。

細野 海外でのグッズのニーズは、明らかに高まっていると感じます。もともとアニメの関連商品は人気があったのですが、最近は特に原作マンガの絵を使ったグッズが欲しいといった声が増えています。

このように「MANGA MILLION」、「MANGA Plus」のデジタルからマンガを楽しんでもらい、その熱量が紙の出版やグッズ展開につながっていく。集英社としても、これらの声に応え、世界中のマンガファンへより多くの作品や体験を届けていくことが今後のチャレンジだとも思っています。

マンガのプロが日本の名作を目利き

河野 日本のマンガの名作をたっぷり届けたいという思いの詰まった「MANGA MILLION」ですが、その作品選定にはどのような考えがあったのでしょうか。

細野 海外向けだからと言って、海外でウケそうな作品だけを選んだわけではありません。むしろ、日本で愛されてきた作品をきちんと届けたいと思いました。プロジェクトチーム内だけでなく、社内の各編集部にも意見を聴きながら、名作と呼ばれつつも英語にすら翻訳されていなかった作品を中心に選んでいます。『ちびまる子ちゃん』や『こどものおもちゃ』、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、『TOUGH』もその一例です。特に少女マンガや女性マンガは、まだ十分に世界に届いていないという課題意識もあり、あえて多めに選定しています。

「MANGA MILLION」サイトイメージ(集英社リリースより)
「MANGA MILLION」サイトイメージ(集英社リリースより)

また、「MANGA Plus」での実感を踏まえると、日本的なものだから海外で通じないとはいえません。むしろ海外でも理解しやすそうといったようなことは、意識しない方がいいんだろうなと思っています。そのよい例が、『シバつき物件』が海外でヒットしていることですね。これは、「少年ジャンプ+」に連載している柴犬の地縛霊を主人公にしたマンガです。非常に日本的な設定の作品なのですが、日本で支持されるのと同じように、海外でも人気を集めています。

それ以外だと、マンガにどっぷりつかってきている自分を含めたメンバーが、純粋に一読者として「この作品をもっと世界の人に読んでほしい!」という思いで選んだ作品もあります。

河野 今回プロジェクトを一緒に進めさせていただく中で非常に印象的だったのは、AI翻訳ではなく、全てプロ翻訳者による翻訳を選ばれたことでした。

細野 確かにAI翻訳ならスピードは速くなるかもしれません。しかし、マンガの翻訳作業は、吹き出しの位置の確認や、誰のセリフなのかの判別などもあって、単純なテキスト翻訳では対応しない要素が多く、とても複雑です。その上、言語によっては原稿の吹き出しの中に文字が入りきらなかったり、そのセリフの言葉をどこで改行するかで意味が変わってしまったりすることもあります。そのたびに翻訳者から、いろいろ相談を受けたり、提案を受けたりしています。翻訳作業を進める中で、そういった人間の翻訳者だからこそ出していただけるアイディアは、最大限尊重しました。実際、翻訳会社を選定する中で、AI翻訳をご提案いただいたケースもあったのですが、そこには意志を持って人による翻訳にこだわっています。

河野 アクセンチュアとしてのご支援ではAIを活用する場面も多いのですが、今回はマンガというコンテンツの特性と価値を守ることを主眼に、AIを使わないという判断を尊重しつつ、着実に目標達成できるよう全面的にご支援しました。細野さんにとって、それがこのプロジェクトの最大の難所でしたか?

細野 最初は翻訳が大変だと思っていたんですが、実はいちばん大変だったのは、マンガの元データの整理と管理でした。例えば、今回のサービス展開用に新たに原稿をデジタル化し直そうとしたら画像サイズが足りず、やむなくマンガ家の先生に原稿(原画)をお借りしてスキャンし直して、できた!と思ってよく見たら、すでに出版されている原稿と絵が違っていたというのが、チェックの過程で判明したこともありました。マンガでは、雑誌掲載から単行本にする際に、元の原稿に少し修正を入れることもあるんですね。それはマンガの制作現場では当たり前だったので、実際にプロジェクト作業をし始めるまで、そのことに思い至らなかったり。そういうことがどんどん出てきて…。そんなこんなでプロジェクトの半分ぐらいは、整理整頓作業だった気がします。

河野 我々もご支援させていただく中で、この部分が最も大変な部分だったと感じています。ただ、デジタルシステム活用の基礎は、データ基盤の整備でもあります。その意味では、より多くの方にマンガをお届けし、今後の多言語展開の土台にもなる基盤づくりをご支援できたことは、とても光栄に思っています。

日本のマンガの新たな玄関口へ

河野 ここまでのお話で、「MANGA MILLION」で新しい読者との出会いを広げ、その接点を「MANGA Plus」につないでいく構想がよくわかりました。一方で、その先には海外のクリエイターとの接点づくりもあるのでしょうか。

細野 海外のマンガ家志望者がどういうルートを辿ればマンガ家になれるか、その道筋がもっとよく見えるようにしたいですね。今は、「MANGA Plus Creators by SHUEISHA」という海外の志望者が投稿できるサイトで月例賞を取ると、「少年ジャンプ+」で連載や読み切りに展開できる仕組みがあります。海外出身の作家さんが日本で大ヒットを出せば、その国の人たちの関心もグッと高まると思いますし、「自分も挑戦してみたい」と思う人も増えると思います。そういう流れが生まれていくことは、一つの理想形ですね。

河野 集英社、ジャンプだからこそ育てたい作家像はありますか。

細野 むしろそういうものがないのが集英社、ジャンプらしさかもしれません。面白いマンガを作ってくれれば何でもいい、という自由さです。育った文化や環境が違うことで、逆に日本人には表現しえない面白さを創り出してくれると思いますし、そこはむしろ大事にしてほしいですね。

河野 最後に、3年後、5年後を見据えたとき、世界のマンガ読者との接点はどのように変わっていくと思われますか。

細野 海外においてマンガへの玄関口は今、紙とアニメの2つです。すべてのマンガが紙で出版されるわけではありませんし、アニメから入った人が全員マンガを買うために書店に足を運ぶわけではありません。そう考えると、気軽に作品に触れられるデジタルマンガの存在感は、これからさらに大きくなっていくと思います。

今は「日本のマンガはどこに行けば読めるの?」と聞かれて迷う読者も少なくないと思うのですが、少なくとも僕としては「それは集英社の『MANGA Plus』だよ」と言い続けたい。そのためには「MANGA Plus」の認知度もまだまだ上げていかなければなりません。

今回の「MANGA MILLION」も、そのための取り組みのひとつです。「MANGA Plus」と「MANGA MILLION」が、日本と世界をつなぎ、より多くの読者がマンガと出会うきっかけになればうれしいですね。

※「MANGA Plus」利用可能地域:日本・中国・韓国を除く全世界

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