ロサンゼルスのリトルトーキョー。2026年7月、海外ファンに向けて開催した体験型ポップアップイベント「KODANSHA HOUSE」オープン初日の入口には来場者の列ができていた。
『ブルーロック』『進撃の巨人』などの人気コンテンツを擁する講談社が海外マーケティングを自ら行い始めた理由とは。アクセンチュア ソング シニア・マネジャーの中谷踏太郎がマンガIP戦略の新潮流を聞いた。
中谷踏太郎(写真右。以下、中谷) 「KODANSHA HOUSE」は2024年にニューヨークで最初の一歩を踏み出されてから3年目となりますね。デジタルや広告など、さまざまなコミュニケーションチャネルがある現代において、海外ファンと交流の場としてのフィジカルな体験型の空間を選んだのはどんな狙いがあるのでしょうか。
岸 勇喜(写真左。以下、岸) KODANSHA HOUSEは、作品単体ではなく「講談社」としてパッケージで海外のファンへ直接宣伝を行う実験場として生まれました。
私は2021年の講談社のブランドプロジェクト立ち上げから携わり、現在はコーポレート企画部で海外を含めたブランド価値向上の戦略立案・実行を担当しています。これまでにもSNSの英語版アカウントでハウス関連投稿をすると数字がグッと上がるようになるなど、知名度が上がってきたという手応えはありました。ただ一方で、「ニッチの中のニッチ」な人たちにどうにか届いている、というのも正直な印象ではあります。
栗田宏俊(写真中央。以下、栗田) マンガは好きな人が勝手に読んで、勝手に広めてくれる。でも、それは国内の話。私は23年から取締役としてグローバル戦略に関わるようになったのですが、ただウェブで情報を流しているだけでは、海外のファンの熱を高めることは難しいと実感しました。
では何をすればいいか。直接作品の世界観に触れられる「リアルな場所」をつくることがどうしても必要だったんです。
ファンの気分は4種類
中谷 リアルな場所づくりに向け、どんなマーケティング設計で臨まれたのでしょうか。
栗田 北米市場では、現地調査で確認したインサイトをもとにターゲットを設定しています。その考え方は「4つのモード」といい、ペルソナではなく、現地ファンの態度や気分(モード)を示すものです。
岸 ロジックで考えるというよりは、編集者や講談社の社員が現地に行って、実際に見ることを重視しました。アンケートでは個人のバイアスがかかりやすく、正確な回答を得づらいので、北米3拠点のアニメ・マンガファンに、1地域に10人の調査員が張り付いて、実地で地道にインサイトを確認しました。
最初から仮説ありきでなく、そこで見えてきた傾向から仮説を立てたんです。縦軸は、コンテンツを浅いところで楽しむか、深く楽しむか。横軸は、一人で没入して楽しむか、コミュニティで楽しむか、で4つの区切りをつくりました。
例えば左下=一人で深く楽しむのはいわゆる「オタク」のイメージで、一人でもどんどん世界に没入していくタイプの方。左上=カジュアルに一人で楽しむのは、アニメだけを見るライト層です。我々は右側の層を主ターゲットとして描いていきました。
講談社には『AKIRA』や『攻殻機動隊』、そして『ブルーロック』のように、いわゆる王道の少年マンガにとどまらない、少しダークで大人びたエッジの効いた世界観を持つ作品がたくさんあります。こうした作品が深く刺さるインフルエンサー層や、コミコンでハイレベルなコスプレを発表するような、トレンドに敏感な方々へ届けることを意識し、開催地などを選定してきました。
中谷 なるほど。このKODANSHA HOUSEのイベント会場のアクティベーションも、そういったインフルエンスする人たちの心をくすぐるようなものに設計されてるんでしょうか?
岸 そうですね。『AKIRA』や『攻殻機動隊』などの作品の世界観に没入した動画や写真を撮れ、それを使ってインフルエンスしたい方が拡散できるよう、ブースを体験した様子がわかる動画素材を手元にお渡しする設計になっています。
確かにデジタル広告は効率的かもしれませんが、認知をとるにはそれなりに予算もかかります。ブランドファネルでいうとその先にある、より好きになってもらう、エンゲージメントを高めることを重視したのが、リアルの場にこだわっているポイントです。
出版社が「直接届ける」ことの意味
中谷 訪れたファン起点で広がっていくことを重視されているんですね。これまで、コンテンツ業界の海外プロモーションの定石は、現地のライセンシーに一任することだったと思います。なぜ講談社は、「自ら、直接」マーケティングを行う方針へ舵を切られたのか、教えてください。
栗田 これまでのライセンシー任せのやり方では、我々が思っている作品の本当の面白さを100%のクオリティで伝えられないというジレンマがあったからです。
弊社(ライセンサー)と現地ライセンシーはいわゆるライツ契約で結ばれるわけですが、権利をお渡ししたあと、現地でどのように演出やプロモーションが進められているか完全に把握することは難しく、お任せするしかなくなります。権利を一度預けたものの、そのまま企画が成立せずに終わってしまう、といったことも起きていました。今年ハリウッドで設立を発表し、アカデミー賞受賞監督のクロエ・ジャオがCCO(最高クリエイティブ責任者)を務めるKodansha Studiosは、そういった経緯から生まれたものです。
ヒントになったのは、近年のアニメ作品の海外での成功でした。今、日本のアニメがここまで世界中のファンに評価される流れができたのは、制作会社と原作サイドが密に連携し、原作の魅力を凝縮し届けることに要因があったと、私は考えています。
ハリウッドで実写化を進めるための拠点であるKodansha Studiosの設立も、インドでマンガの市場形成に挑むKodansha Indiaの事業も、すべてはその「作品の良さをきちんと、私たちの手で直接伝える」という思想から始まっています。
岸 その一方で、すべてを日本の感覚のみで押し進めるわけではありません。KODANSHA HOUSEのようなイベントクリエイティブの制作や宣伝媒体選定などは、現地のアメリカ子会社(講談社USAパブリッシング)の感覚を信頼し、お任せしています。やはり、現地の消費者に届けるクリエイティブは、現地の人の感覚でつくってもらう方が圧倒的に刺さるからです。
栗田 海外といっても、地域によってアプローチを変えなければなりません。会社として地域ごとに戦略を描きながら本格的に取り組む体制を整えるために、2年前にグローバル統括室を立ち上げました。
現地流通もそうですが、いま、現地でのパートナーづくりがとても重要になっています。現地ファンへ届けるto C施策と同時に、私たちのパーパス「Inspire Impossible Stories」に共感し、現地でともに作品の面白さを伝えてくれるto Bの仲間を増やすことが必要不可欠です。
現地で活躍する漫画家をどう育てるか
中谷 ハリウッドに自社拠点をつくり、プロダクトアウトで制作するということですが、海外で「0から1」のものづくりをされるのは大変なことだと思います。例えばマンガの「サイマル配信」(日米同時配信)などを通して、「1から10、10から100」のための取り組みに注力することもできるはずです。「0から1」の取り組みには、どんな将来的な価値があるとお考えでしょうか。
栗田 出版社は常に、既存のビジネスが好調なゆえに新しい挑戦を躊躇(ちゅうちょ)してしまう「イノベーションのジレンマ」を抱えてきました。海外で「0から1」のコンテンツ創出を仕組み化するには本当に時間がかかる。10年、20年先を見据えた地道な挑戦になります。
しかし、海外に本物のマンガ市場をつくり出そうとするならば、現地で活躍するプロの作家の存在などは絶対に不可欠です。スポーツの世界でも同じですよね。サッカーやF1も、世界トップレベルで通用する日本人が現れたことで、国内での注目度が爆発的に高まり、全体の底上げにつながりました。それと同じ現象を、海外でも起こさなければなりません。だから、マンガ家発掘の取り組み「KODANSHA MANGA ACADEMY(講談社マンガアカデミー、KMA)」を行っています。
岸 海外には日本の出版社のように共に作品をつくっていく「編集者」という役割が存在しません。どんな仕事か知ってもらうために、編集者のことを「クリエイティブ・コラボレーター」と表現しています。作家と二人三脚でプロットの創作に深く向き合い、作品を面白くするために伴走する。さらにはキャリア設計もサポートする存在だと伝えています。
栗田 マンガを描くには、創作への強いモチベーションが必要なんです。私も『週刊ヤングマガジン』『週刊少年マガジン』の編集長を務めましたが、イラストを描くのと、マンガ作品を数十ページ仕上げるのとは、全く違う困難があるんですよ。だから編集者と知り合って、一緒に作品をつくる流れを体験してもらいます。
海外のクリエイター志望の方々と話をすると、「日本のマンガ家は、自分自身が権利を保持し、個人が評価され、大きな収入を得るチャンスもある。そんな夢のような職業があるのか」と驚かれます。そもそもアメリカなどの海外市場におけるコミック制作は、原作、シナリオ、作画、彩色が細かく分かれた「完全な分業制」が主流であり、著作権などの権利も基本的には出版社などの会社側が持っています。
日本の「MANGA」という表現技法は、世界において他にライバルがいない唯一無二のカルチャーです。そして、日本のコンテンツ業界はいまや、世界から羨望を集める確固たるハイクオリティのブランド。日本のお墨付きが欲しい、日本に認められた作品を読みたい、というニーズは確かに存在します。KMAで発掘された優秀なクリエイターには日本で開催する表彰式に招待して、さらに刺激を与えたいと思っています。
中谷 「マンガ家」という職業や「編集者」文化の素晴らしさが世界に伝わっていくことで、さらにマンガへの愛着が深まり、ファンの熱量が高まっていくと。世界に名を刻むような作家がここから誕生するかもしれない—そう考えると海外展開の可能性は無限に広がります。だからこそ、その可能性をどう持続的な価値につなげていくかも重要ですね。
栗田 次のステージとして、KODANSHA HOUSEをどう収益化していくかという課題もありますし、現在の私たちの取り組みも、すぐに目に見える収益を生むわけではありません。ですが野間省伸社長の導きもあって、この2、3年で社内の意識は驚くほど急速に変わりました。海外展開についてマンガ事業部や現場の編集者は協力的ですし、今や海外向けのプラットフォーム「K MANGA」への掲載を希望する作家が後を絶ちません。
やはり、海外ファンの熱量には特別なものがあります。国内以上にリスペクトされている存在であることを知り、編集者や作家たちの間で「自分の作品を世界に届けたい」という想いが爆発的に増しています。そこでモチベーションが上がり、さらに素晴らしい作品が生まれる──そんな幸福なサイクルを生み出す先頭に我々がいなければ、と思っています。



