手足がしびれている時には、血流もかく乱されている
ただし、しびれのどこまでが神経線維そのものへの圧迫の結果で、どこまでが血流減少の結果なのかという疑問は、長年の議論の的となっている。神経は、代謝的な要求が大きい組織であり、神経線維に沿って走る毛細血管から、酸素の供給を受けている。
手足を長時間にわたって圧迫すると、血流の一部が阻害される。医学用語で「局所貧血(虚血、ischemia)」と呼ばれる現象だ。一部の研究者は、神経線維への直接の力学的圧迫だけでなく、局所貧血による一時的な酸素不足も、同じくらいしびれに寄与していると主張する。2000年に学術誌『Muscle & Nerve』に掲載された論文は、この疑問を直接検証している。
実際には、2つの仮説は相互排他的なものではなく、相補的なものだ。持続的な圧迫は概して、両方の効果を同時に生み出す。特定のケースにおいて、両者がそれぞれどの程度影響を及ぼしているのかを解明するため、神経生理学の分野では、いまなお活発に研究が行われている。
しびれという不快な感覚は、なぜ存在するのか?
しびれは、単に興味深い現象であるだけでなく、目的にかなうものであると考えられている。手足がしびれている時、私たちの早期警報システムは、実質的に機能を停止する。感覚神経が適切な報告をやめてしまうと、鋭利な物体の先端に触れたり、挟まれたり、組織損傷の初期段階に陥ったりしても、それを知覚できない。
しびれは、特定部位に注意を向けさせる信号であると、多くの生理学者たちは考えている。圧迫によって長期的な損傷が生じる前に、強制的に手足の状態に気づかせ、姿勢を変えさせる手段なのだ。この観点からは、不快な感覚は身体を守るためのものであって、病的なものではないと考えられる。しびれは、けっして無視できないレベルに、精密に調整された警報装置なのだ。
だからこそ、不自然な姿勢で座っていたなど、明確な物理的原因がない慢性的なしびれや、原因不明のしびれは、医学的注意を要する症状として受け止められる。圧迫がないのにしびれという警報が発せられる場合には、他の原因による神経過敏が疑われる。例えば、椎間板の圧迫、糖尿病による神経損傷、ビタミン不足による神経修復不全、といったものだ。
しかし、私たちが日常的に経験するしびれ(例えば、長時間のフライトのあいだずっと脚を組んで座っていた時に起こるもの)は単に、末梢神経系が通常の不測の事態向けプロトコルに従っているだけだ。それはつまり、「信号を遮断し、姿勢を変えるまで、脳に静電気を送り続ける」というプロトコルだ。
神経の電気的機構は、腕の上を這うクモに気づかせてくれるだけでなく、持続的な圧迫を受けた際には、生体に組み込まれた警報システムへと転用される。不快だが、実害はないものとして設計されたこの信号は、あなたが姿勢を変えるとともに消えていくのだ。


