受講生の目の前で、672行の帳簿を読ませる
私は今年の夏から、税理士向けにこのやり方を教えるスクールを開いています。そこで毎回やって見せる実演があります。
架空の会社の帳簿を用意します。仕訳672行、1年分。この帳簿には、わざと粗を仕込んであります。二重計上、科目のブレ、期末の計上漏れ、役員報酬の期中変動。実務でよく見る誤りの詰め合わせです。
これをAIに読ませると、受講生の目の前で、仕込んだ粗が指摘一覧になって返ってきます。かかる時間は、お茶を一口飲むほどもありません。人間のベテランが同じ帳簿を点検したら、半日はかかる作業です。
受講生に必ず伝えていることが2つあります。
ひとつ。AIは帳簿を勝手に直しません。そうは作っていません。一次レビューのAIがやるのは「確認リストを作る」ところまでで、証憑を開いて事実を確かめ、直すかどうかを決める二次レビューは人間の仕事です。実務でもこの分業のままです。
もうひとつ。観点を頭の中に置いている限り、レビューは属人のままです。外に出した瞬間に、仕組みになります。ベテランの勘は、消えるのを待つ資産ではなく、書き出して組織の道具に変えられる資産だ、ということです。
これは税理士事務所に限った話ではありません。読者の皆さんの会社にも、「あの人が見ると必ず何か見つかる」というベテランがいるはずです。その人が何を見ているのかを言葉にして書き出せば、経理でも、契約書レビューでも、品質管理でも、同じ構造の一次レビューが作れます。
「作るAI」「見るAI」、そして人が最終レビュアー
こうして、私の事務所の経理は三層になりました。
第一層、作るAI。明細・証憑・給与計算の結果を起票案に変えます。第二層、見るAI。できあがった帳簿を約140の観点で一次レビューし、確認リストを作ります。第三層、人間。二次レビューとして、リストの指摘に絞って証憑を確かめ、判断し、承認します。
大事なのは、作る側と見る側を分けていることです。同じAIに「自分の仕訳、合ってる?」と聞いても、たいてい「合っています」と返ってきます。作った本人に検品させないのは、人間の組織と同じです。
そして、最終レビュアーの椅子には、必ず人間が座ります。税務上の判断、グレーゾーンの処理、顧問先への説明。ここで責任を負えるのは人間だけで、責任を負えない主体に判断をさせないのは、専門家として当然の設計です。AIに任せるのは「実行」と「一次レビュー」であって、「判断」ではありません。
精度への不安に対する私の現在の答えは、ですからこうなります。「人がチェックするので大丈夫です」ではなく、「一次レビューを仕組みにして、人は二次レビューと判断に立つようにしました」です。


