今、日本の地域に世界の目が向いている。インバウンドの関心はより深く、広く、文化的背景にまで及んでいる。一方、現場ではオーバーツーリズム、担い手不足といった課題が深刻さを増している。
求められるのは、観光産業の「質的転換」だ。数や低価格を競う"消費される観光"から、地域固有の体験を軸に、経済と文化が"循環する観光"へ。「体験がデスティネーションになる」という考え方が鍵となる。
Forbes JAPANは今年、J-CATを共催に迎え、新たなアワード「Destinations of the Year」を創設。工芸、食、自然、風習——各地で新たな観光価値を創造する30の事業者を選出し、審査項目に沿って5つの取り組みをピックアップした。この記事では、「LOCAL IDENTITY賞」に選ばれたやんばるホテル南溟森室を紹介する。
シェルパと呼ぶ案内人を育て、集落の遊休資産で経済を回す。観光を目的にせず、消えかけた集落を次世代へつなぐ。その順序を崩さない宿の強固な「地域固有性」とは。
3年前に33人だった人口は、25人になった。沖縄本島最北端の村、国頭村、謝敷。この消えかけた集落で「やんばるホテル南溟森室」を営む仲本いつ美が事業の芯に据えたのは、集落案内だった。
仲本はもともと国頭村役場の職員で、県庁に出向して世界自然遺産登録にかかわる仕事をしていた。観光客が来て豊かになりますよ、と住民に説明して回りながら、本当にそうだろうか、と疑っていた。地域とつなぐ人がいなければ、客が来ても何も残らない。2019年、役場を辞めて旅行業を起こした。
確信はあった。森が、親が子を抱くように集落を囲む。腰当森と呼ばれるこの土地の世界観や祈りの文化自体が旅の目的になる。
「集落の美しさを説明することで滞在の価値が上がるのは、自分のなかではわかっていた。でも、それだけでは人は来てくれません」
実際、旅行会社にはビジネスモデルにならないと言われ続けた。だから語りを単体の商品にせず、宿の滞在に埋め込んだ。そもそも道が狭くて車が入らない集落だ。マスツーリズムは物理的に成り立たないから、最初から少人数・高付加価値に振り切った。空き家を宿に、空き地を駐車場に、謝敷だけで9カ所の遊休資産を借りて事業の器にし、語り部には「シェルパ」と呼ぶ20代の案内人を育てた。



