「猿酒伝説」の誤解と、品質管理という名のマネジメント
「ワイン造りはシンプルゆえに、“簡単だ”と誤解されやすい」。
アカデミーの初回講義に登壇したいばらき大使・安蔵光弘氏の言葉に、ハッとさせられた。
ワイン入門書などにはよく、「猿が木のくぼみにブドウを蓄え、それが自然発酵してワインができた(猿酒伝説)」というエピソードが紹介される。しかし、30年以上醸造現場の第一線に立つ安蔵氏は、これを「大いなる誤解」と一蹴する。
「刺身なんて切るだけだから簡単!と、経験のない人が魚を切っただけのものと、銀座の職人の刺身とでは比べようがないのと同じです」。
ワイン造りの本質は、精緻な「品質管理(リスクコントロール)」にあるという。安蔵氏はこれを「リンゴの皮むき」に例えた。リンゴの皮(ワインにおける濁りやネガティブな要素)は、残してしまえばリスクになる。しかし、安全を狙いすぎて分厚く剥きすぎると、一番美味しい部分まで捨ててしまうことになる━━リスクを極限まで薄く削ぎ落とし、果実のポテンシャルを最大化するギリギリのチューニングこそがプロの仕事なのだ。これは企業経営にも通じるだろう。過剰な安全策は、事業本来の魅力やリターンまで削ぎ落としてしまう。「どこまで削り、どこを残すか」というシビアな見極めが求められるのだ。
1社で戦うな。「面」で市場を拓くブランド戦略
時代を下り、現代の日本ワイン市場に目を向けると、過去14年間で国内のワイナリー数は約550軒へと達し、2.6倍に急増した。実は茨城県も現在13軒と全国6位のワイナリー数を誇り、存在感を増しているエリアだ。筑波山の方向に向かうことでさまざまな標高が存在するというポテンシャルを背景に、都内の有名グランメゾンで活躍した元ソムリエといった新しい造り手が自社畑を立ち上げる動きも始まっている。
新規参入が相次ぐ中、生き残るための道はどこにあるのか。安蔵氏が示したのは、ニュージーランド(NZ)の成功事例だった。今でこそソーヴィニヨン・ブランの世界的な銘醸地として知られるNZのマルボロ地区だが、ブドウが植樹されたのは1973年と比較的最近のこと。異例のスピードで世界的産地としての評価を確立した。1980年代、「クラウディー・ベイ」というワイナリーが「世界を白に目覚めさせた」のが契機となったが、安蔵氏は「1つのワイナリーが優れているだけでは、世界的産地にはなれない」と指摘する。
「『マルボロのワインはどれを飲んでも美味しい』という共通認識こそが、市場を動かすのです」。牛久の未来にも同じことがいえる。牛久で今後ワイナリーが増えていった際にも、個々のワイナリーがバラバラに個性を主張するだけでは、「牛久」の名前は立たない。競合を出し抜くのではなく、同じ「面」のプレイヤーとして品質を揃え、産地そのものをブランド資産へ昇華させること──それが市場を拓くための最大の武器となるのだ。


